坂手洋二
一九九四年にチェルノブイリを訪ねた経験をもとに、連詩「かなしみの土地」を書き、原発難民となった人々の思いを代弁したつもりだった。しかし、そのとき彼らの思いだと思っていたものは現在の自分の思いそのものであるという現実のなかに、わたしは置かれている。予測が的中することは、一般的にはうれしいという感情につながることが多い。しかし危惧したことが現実になったいま、私の腸は煮えくりかえって、収まることがないのだ。なぜなら、この事態が、天災ではなく、人災であり企業災であるからだ。
(若松丈太郎 「原発難民ノート──脱出まで」『COAL SACK』第六九号、二〇一一年四月三十日)
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「予測が的中することは、一般的にはうれしいという感情につながることが多い。」
確かにそうだ。
「しかし危惧したことが現実になったいま、私の腸は煮えくりかえって、収まることがないのだ。」
そう。「予測」というより「危惧」であれば、それが的中したことを私たちは、「やっぱり」「ほらね」というように、軽く簡単に片付けることができず、「やられた」「わかっていたのに!」と、悔恨と怒りが溢れてくるのを止めることができない。
多くの場合、その感情は、その事態を引き起こした相手に対してではなく、「わかっていたのに放置していた」「危ぶんでいたにもかかわらず対策を講じなかった」という理由で、自分自身にも向けられることになる。
不安神経症というものがある。常に不安を感じていて、落ち着かない。それこそその人の状態は「不安定」であるはずだが、そうばかりともいえない。
不安を感じる人の多くは、「心配性である」「さまざまなことに怖れ怯えている」わけだが、それが「常態」となってしまっているともいえる。つまり、何かを心配したり、さまざまなことに怖れ怯えていないと、その「不安」をうみだす「予測」が的中したとき、「どうして私はちゃんと心配していなかったのだ」「きちんと怖れ怯えていれば、これほどのショックを受けることはなかったであろうに」と、後悔してしまうだろうということだ。
だからこそ彼らは、「いま自分はきちんと『不安』を抱えて、起こり得る最悪の事態を『予測』できている」という状態にこそ、心の安定を見出すという、パラドックスが生じる。
いっとき流行った「ネクラ」「根が暗い」という心性は、そうした不安神経症的安定志向のことを言うのであり、それに該当する人たちは、「もうこれ以上不安になったりショックを受けたりすることはない」立場を手に入れたことに安堵して、むしろ鈍感に、楽天的にみえてしまうのだ。
2011年の震災から一年が経って、その、不安神経症的安定状態に、私たちが完全に慣らされていることを思う。いや、むしろ、「馴らされている」という字を当てる方がいいような気がしてくる。じっさい、「不安」が友になり、落ちつくようになっているのだ。
だからこそ私は、「不安」より「怒り」をと、思う。受け身で怖れることより、事態を引き起こした相手に対してきちんと「腸は煮えくりかえる」状態となり、抗議し、問題に対処することを選びたい。
ただ、そのことが「常態」になってしまい、自分に対して「よし、ちゃんと俺は憤り怒っているな」と感じて安心してしまう、「憤怒神経症」になってしまっていては、困るのだが。
(さかで ようじ・劇作家、演出家)