森村泰昌
何ら遅疑するところなく、奔流のやうに家々をなめつくしてゆく巨大な焔。猛火に一掃された跡のカーッとした真赤な鉄屑と瓦礫の街。それらを美しいと言ふのには、その下で失はれた諸々の、美しい命、愛すべき命に祈ることなしには口にすべきではないだらう。だが、東京や横浜の、一切の夾雑物を焼き払つてしまつた直後の街は、極限的な美しさであつた。
(松本竣介「残骸東京」『人間風景』中央公論美術出版)
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美というものは、ヒューマニズムと無関係に作動する感情の高まりである。これを押し殺して生きるのは、人生に対してあまりにも不誠実だとは言えないだろうか。
画家松本竣介は、空襲で焼け野原になる街を見ながら、その凶暴な美に、恐怖や怒りや悲しみをともないつつも、途方もなく幻惑されてしまっている自分自身を正直に文章化している。それは人間失格であることを覚悟の上で吐露された、美を求めてやまない画家の生の声である。
津波の映像や壊れた街の光景が「美」だなどと言いたいわけではない。それは、美醜を問う感受性自体がくずおれるような、あるいは、人間の把握能力をはるかに超える出来事であった。私の知人のある新聞記者は、職業柄、被災地に取材に赴くべきなのに、どうしてもそれが出来ないと悩んでいた。この人の逡巡を、誰が叱責できるだろうか。
昨年3月11日直後、全国で広まった合言葉は確か、「がんばれ東北」だった。しかしあるときから、「がんばれ」が「がんばろう」となった。「がんばれ」などと他人任せなことを言ってしまったことが知らず知らずのうちに訂正され、「絆」や「今、私たちにできること」などとともに、「がんばろう」が世に広まっていった。
たかが「れ」と「ろう」の違いだと無視することもできよう。今は非常時なのだ、些細なことで揚げ足を取るなと非難する人もいるかもしれない。しかし「れ」を「ろう」と素知らぬ顔で言い換えても痛痒を感じていない我々には、もう、「言葉が軽くなった」として昨今の政治家を批判する資格があるとは思えない。言葉を軽くしたのは、我々全員なのだから。
それにしても、画家松本竣介の言葉には共感できるのに、震災を機に企画されたアートプロジェクトのどれもこれもが、見ていて気恥ずかしくなってしまうのはどうしてだろうか。かく言う私も、震災直後、岩手県立美術館での個展を企画していた。結局それは実現しなかったのだが、この頓挫した企画をどんなふうに形にしていくのかという宿題は残されたままとなった。気恥ずかしさへの答えを出すべきなのは、じつは私自身なのである。
(もりむら やすまさ・美術家)