上田紀行
「多すぎる火は何も生みはせん。火は1日で森を灰にするが、水と風は、100年かけて森を育てる。ワシらは水と風のほうがええ。」
(風の谷の古老たちの言葉、宮崎駿『風の谷のナウシカ』徳間書店)
* *
新学期、ぼくは新入生たちに語り始めた。
昨年3月11日に起こった東日本大震災と原発事故、それはここにいる全員が自分の人生で忘れない出来事になるでしょう。
人生には決して忘れない出来事があります。好きになった人に初めて告白して、受け入れられた日。その人に振られてしまい、絶望の中であてどなく街をさまよった日。ずっと喧嘩していた親と和解した日。先生から初めて誉められた日。自分の親を看取った日……。そして、昨年の震災は日本人全員が、「私が○○歳の時に大震災があった」と必ず記憶に残る出来事となりました。
普通の記憶と違って、この記憶は皆さんの人生で決して消えることはないでしょう。なぜならば、この震災は現実としてこれから何十年も、あるいは何百年も残り続けるからです。
事故を起こした原発を廃炉にするのに、少なくとも30年かかると言われています。実際は50年になるかもしれない。ほんとうに申し訳ないことだと思います。子どもだった皆さんには何の責任もない。私たちの世代の過ちによって、私たちは皆さんに負の現実を遺すこととなってしまったのです。私の人生で廃炉を見とどけることはできないでしょう。皆さんの世代が、その責務を負うのです。
私たちはあと3、40年もすればいなくなります。そして老人となった皆さんは子どもたちから、孫たちからこう聞かれるでしょう。「おじいちゃん、地図を見ると、この地域には家が1軒もなくて人が住んでいないけど、どうしてなの?」「おばあちゃん、何でここには田んぼも畑もないの?」その時に、皆さんは自分が20歳くらいの時に起きた、この忌まわしい出来事を振り返り、伝えなければならないのです。
事故を起こしてしまったことは、私たちの世代の責任です。しかしそれを伝えるのは皆さんの世代の責任です。お孫さんたちはこう聞くでしょう。「でも、どうしてそんな事故が起こってしまったの?」「それは防げなかったの?」そして「もう大丈夫なんだよね?」と。
そのとき皆さんはどう答えるでしょうか。「うん、あの時の過ちに学んで、みんな努力したんだよ。だからもう安心なんだ」と答えられるでしょうか。
事故を起こしたことは私たちの世代の責任です。しかしその大きな過ちを知ったならば、それを正していって、子どもたち孫たちに安心な社会を手渡していくのは、皆さんの責務でもあるのです。
この1年間で起こったことはどんなふうに見えるでしょうか。過ちは正されつつあるでしょうか。安心は回復しつつあるでしょうか。
そのことを一緒に考え、新しい未来を生みだしていきたいのです。
(うえだ のりゆき・文化人類学者)