港 千尋

なにかを理解するためには、人は自分自身の枠から出なくてはなりません。
感覚の新しい歴史がはじまったのです。
(スベトラーナ・アレクシエービッチ『チェルノブイリの祈り──未来の物語』松本妙子訳、岩波現代文庫)

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 『チェルノブイリの祈り』は、チェルノブイリ原発事故に遭遇した人々への聞き取りの記録だが、「未来の物語」と副題にあるこのドキュメントの後半に、ビクトル・ラトゥンという名のカメラマンが登場する。セメント工場で働いていた彼がとつぜん写真を撮り始めたのは、カメラが偶然手元にあったからだ。このモノクロ専門の写真家は、なぜカラーフィルムで撮らないのかと聞く人に、チェルノブイリ=「チョールナヤ・ブイリ」〔黒い草、にがよもぎ〕にほかの色は存在しないと答える。工場にとどくセメントも黒かったのだろうか。袋詰めするセメントがどこから来るのか、彼らは知らされていなかった。レム、キュリー、ミリレントゲン……彼らにはちんぷんかんぷんの言葉ばかり。チェルノブイリのセメントがどこから来たのか……。
 ビクトル・ラトゥンをはじめとした多くの人を訪れ、彼らと語り、その体験を記録したアレクシエービッチは、その10年後、次のように表現している。
 「この人々は最初に体験したのです。私たちがうすうす気づきはじめたばかりのことを。みんなにとってはまだまだ謎であることを。」
 そして何度も、こんな気がしたと記す。
 「私は未来のことを書き記している……。」
 2011年の6月、人影の途絶えた飯舘村から浜通りへと撮影をしながら愕然とした。何かが変化してしまった。前と同じように色を感じられないのだ。モノの色が違って見える。心に刻むとは、こういうことなのか? しばらくたって、ビクトル・ラトゥンの言葉を見つけ、なんとなく納得したのだ。
 「ぼくはあそこで味わった新しい感覚からのがれることができなかった。」
 この「新しい感覚」の意味を、よく考えてみなければならない。感覚の突然変異? 未曾有の現実を理解するために、自然に与えられた心の変化? 10年後にアレクシエービッチはたぶん、カメラマンのこの言葉が忘れられなくて、「感覚の新しい歴史がはじまった」と記したのではなかったか。
 未来とは何だろう。「未来の物語」を生きるしかなくなった私たちも、よくよく考えなくてはならない。未来、それは永遠に取り上げられた、「いま」ではないのかと。
(みなと ちひろ・写真家)