宇梶剛士
運命はわたしたちがつくるものである。いまからでも遅くない。いまをどう生きるかで、未来が決まる。
(マハトマ・ガンディー『ガンディー 魂の言葉』浅井幹雄監修、太田出版)
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高層ビルがそびえ立つ南米コロンビアの首都ボゴタの中心からわずか数キロ。国内難民400万人のうち150万人と言われる戦争避難民が暮らす街を訪ねたことがある。僕が出会った大人から子どもまでのすべての人の躯に銃で撃たれたりナイフで抉られた傷跡があった。彼らは、命からがら戦争から逃れてきた後、2日に1人は殺され転がっている人を見るという治安の悪い街に暮らす人たちだ。まず見かけることのない外国人の僕に、「どうしてこんなところに来た?」と、笑いながら話しかけてくる。日本のテレビ番組で戦争避難民のことを取り上げるためにやって来たと話すと、とたんに顔を歪め、とめどなく自らの体験を語りだす。笑って近づいて来た別の男や女も同じように話し、僕の腕を掴み「うちへ来い」と口々に言う。幾人かの家に行き、見せてもらったのは幸せであった頃の写真だった。こと細かに、当時の話を身振り手振りをまじえて話してくれる。笑ったり泣いたりしながら、そして黙りこむ。家の外で笑い声をあげ走り回る子どもたちの声は救いにも聞こえ、そして、悲しみを縁取る。世界には悲しみが溢れているな。けれど笑い声も、微笑みも。
2011年3月11日。僕は、あまりにも大きな、想像力をはるかに超えた災害と混乱と悲しみの前で棒立ちしていた。阿鼻叫喚の中にいる人たちが、茫然自失の大地に投げ出された人たちが、地続きの地に「今」いるというのに。どうしたらいいんだ? 何をすれば? できることはあるのか? どんなことでもいい、教えてほしい。そしてうずくまった。
コロンビアのスラムでの7日間の最後の日、僕は滞在の総括と思いを話さなくてはならなかったが、無力感と悲しみに嗚咽がこみ上げ話すことができず、幾度も撮影は中断された。そんな時、子どもらが、僕があげた色鉛筆や画用紙、スポーツシューズなどをお金に換えに行くために嬉しそうに走って行った。
世界には悲しみが溢れているな。次から次に生まれてくる悲しみに押しつぶされてしまいそうになる。けれど、だからといって、今、本当にある悲しみに背を向け、忘れてしまうことはできない。だから、なくなることのない悲しみに、僕は笑いや和み、夢や希望をどんどん生産し配り、悲しみに対抗していくのだと、そんなことをカメラに向けて誓いました。
(うかじ たかし・俳優)