姜 信子
なぜぼくらの焚火が、ぼくらの叫びを、世界の果てまで伝えてくれないのか? 我慢しろ……ぼくらが駆けつけてやる!……ぼくらのほうから駆けつけてやる! ぼくらこそは救援隊だ!
(サン=テグジュペリ『人間の土地』堀口大學訳、新潮文庫)
* *
光を見たのです。
震災からようよう三か月が過ぎたばかりの東北の、被災地の、瓦礫ばかりの海辺の小さな町で。
夕暮れ時でした。失われた町をおろおろ歩いて、目も耳も感覚のすべてを開こうとしては途方に暮れる、ちょっと待って、もう少し待ってと呟くうちに、瞬く間にあたりは闇に包まれていく、そんな夕暮れ。
海に迫る山ぎわには、町を眺めわたすように墓地が広がっていました。海辺に生者、山ぎわに死者、隣り合って共に暮らすかつての町の日々を想う私の前には、墓石も津波になぎ倒されて、傷ついて、ばらばらと横たわっている。
ただ深々と頭を下げました。せめて一枚、生も死もなぎ倒されたこの厳しい光景に分け入るよすがを求めるような心持ちでシャッターを切った、その瞬間でした。
あっ! 思わず叫んだ。
ファインダーを覗きこむ私の目に無数の光が飛び込んできたのです。あたりは既にくらぐらとした闇。光などどこにもないこの場所で、眩いばかりの無数の一瞬の光。
生きているのか、みんな生きているのか。思わず呟く。そうか、姿は見えずとも、命はそこに在るのか、耳には聞こえなくとも、命は声をあげているのか……。
それは彼方よりの、確かな知らせのようでもありました。そして、その光、その知らせは、かつて砂漠という砂の海で難破したサン=テグジュペリがあげた、難破者らしからぬ痛切な叫びとも響きあって、私を芯から揺さぶった。
難破者サン=テグジュペリは砂漠で火を熾しました。絶望的な渇きに苦しみながら、火の放つ光に切なる祈りを込めた。
――光よ、世界の果てまで届け、この世のすべての難破者に届け、人間よ、光を見よ、生きよ、待っていろ、きっと救いに行くから。
3月11日以来、つながりなおし、生きなおすということを、私はずっと考えています。光を見たあの日以来、この世の本当の難破者は誰なのか、ということを考えつづけています。命から命へと送られる光の声にじっと耳を澄ませて。
(きょう のぶこ・作家)