根岸季衣
もう遠い昔の事だけど
僕はこの町で生まれ育った
澄んだ海と青い空に
僕はきっと満足していた
(中略)
子供たちは笑いながら
町中ぐるりと駆けめぐり
魚は泳ぎカモメは飛んで
誰もが皆んな思い出をつくった
(中略)
このまま季節をいくついくつ越えたら
僕たちの世界は始まるだろうか
指をくわえて通り過ぎる
人の行方をおいかけて
(大津あきら作詞作曲「漁場抒情」抜粋)
* *
15年前に癌で47歳で永眠した亡夫、作詞家大津あきらが20代初めに書いた楽曲です。故郷は山口県長門市仙崎。原発とは離れていますが、日本の港町どこにも共通したような、かつての栄華の匂いをちょっと寂しく感じさせる、そんな小さな町です。
大津は育った町とその風景と、そこに留まって生活している家族、友人達を心から愛していました。東京で育った私には、その「故郷」との出会いは子育てと共に人生に、どっかと根を下ろす出来事でした。
そして、今、思うのです。故郷が帰れない場所になってしまうなんて。そこに居た人達が離ればなれになるなんて。土や海を相手に懸命に育んで来た代々の家族の誇りや情熱が、なし崩しに奪われてしまうなんて……。
土地を追われて、真綿で首を絞められるように生き抜いている人々の理不尽は、遠くの国の悲劇だと思っていました。
悲しくて仕方ないけれど、泣いてばかりはいられません。
私はずっと怒っていようと思います。許せない事だから。そしてもう2度と起こしてはならないから。
目を吊り上げて腹ばかり立てていると、口もへの字になるしブスになるのは分かっているけれど、私達日本の大人は次世代に憂鬱を引き継がせないために、これからずっと、引き下がる訳には行きません。
でも、あまり肩肘張って頑張り過ぎないで、長期戦に持ち込むしぶとさが重要だと思います。もうきっと死ぬまで怒り続けなけりゃいけないかもしれないのだから、笑顔パワーもちゃんと取り込んで、声を上げ続けていきたいと思います。
同じ想いの多くの方達と一緒に。
(ねぎし としえ・女優)