原田マハ
寝てばかりいる賢人より、旅をする愚人たれ。
――モンゴルのことわざ
* *
旅をしよう。被災地に行こう。
なんにもできなくたっていい。行って、旅を楽しめばそれでいい。
今頃行っても迷惑なんじゃないのかな。なんにもできないのに、復興の邪魔にならないかな。体力ないから、ボランティアもできないし。
そんなふうに、思ってはいまいか。
私は、そんなふうに思っていた。
だから、なかなか行けずにいた。
何か役に立ちたい。どんな小さなことでもいい。被災した人々の力になりたい。そう思い続けて、一年以上が経ってしまった。
すぐにボランティアに飛んでいった人々、あとさき顧みず救援物資を届けた人々を、たのもしく、まぶしく、遠巻きに眺めていた。
あんなふうに、自分も行動したい。
だけど、なかなかできなくて……。
そんなとき、ふと、思い立った。
旅をすれば、いいじゃないか。
とにかく行ってみる。地元の人たちの様子を見る。復興がどこまで進んでいるか、自分の目で確かめてみる。
どんなに遠くても、その場所は日本にあるのだから。
私たちは地続きだ。私たちは繋がっているのだ。
それを確かめるために、旅をすればいいじゃないか。
たとえなんにもできなくても、旅することならできるじゃないか。
被災地に行けば、やりたいことがたくさんある。
見て、食べて、飲んで、地元の人と話をしよう。
タクシーに乗ろう。おみやげを買おう。
おいしい魚を、野菜を買おう。持って帰るのが重かったら、宅配便で送ればいい。
絵はがきを買って、友だちに送ろう。いま、自分が何を見て、何を感じているか、書き綴ってみよう。
ツイッターでつぶやこう。写真をアップするなら、人々の笑顔がいい。地元のおいしいものがいい。軒先で居眠りする猫や犬がいい。
行けば、きっとわかるはずだ。
その場所は、遠い。新幹線を、ローカル線を乗り継いで、それからバスやタクシーを乗り継いで、ようやく到着する。夜行バス、車、レンタカー。どれで行ってもその場所は遠い。
だけど、遠いからこそ、行く価値がある。遠いからこそ、旅なのだ。
長い道程を移動しながら、かの地に思いをはせるのがいい。どんな出会いがあるだろうかと、想像を楽しむのもいい。
いろんなことがあったなと、自分のいままでを振り返るのだっていい。
移動の時間は、宝物の時間なのだ。
かの地では、人々が待っている。私たちが、遠くからやってくるのを待っていてくれる。
その人たちのために、自分が楽しむために、行こうじゃないか。
海辺の町は、壊滅状態だ。空っぽの風景の中を、風が吹き抜けてゆく。
道行く人は少ない。空を舞うカモメの数のほうが多いくらいだ。
その風景を前にすれば、どんな言葉も出てこない。
だけど、その風景のすぐとなりで、人々は、日々の暮らしを営んでいるのだ。
よく来てくれましたね、とお店のおばちゃん。
私らもがんばってます、と魚屋のおじさん。
こうして来てくれるだけでもうれしいですよ、と食堂のおばあちゃん。
家をなくした人。家族を、親戚を、友だちをなくした人。
誰もが、その場所で「あの日」を体験している。それを乗り越えて、いまを生きている。
そして、私たちが遠くからやってくるのを待っていてくれる。
今日も、明日も、そのさきも。
だから。
旅をしよう。なんにもできなくたっていい。
お金をどんどん使おう。おいしいものをいっぱい食べよう。家族に、恋人に、友だちに、おみやげを買っていこう。
いま、かの地で起こっていること。出会った人。自分の目で見て、自分の耳で聴いたこと。自分の心で感じたこと。自分の言葉で、発信しよう。
被災地で。
(はらだ まは・作家)