道浦母都子
本は凶器 本本本本本本本本本 本の崩落
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1995年1月17日5時46分、私は、ただならぬ気配のなかで、目を覚ました。
そのときを振り返って、つくった歌だ。阪神・淡路大震災当時、大阪府下で唯一「特に甚大な被害があった地域」とされた豊中市の仕事場で眠っていた私は、積み上げられた本が、眠っている私の上に、次々と落下する衝撃で目を覚まし、地震に気付いた。その後のことは、あまり覚えていない。ただ、被害が、そう大きくはなかったので、2、3日後には、水を入れたペットボトルをリュックに入れ、神戸・三宮に向かったのを記憶している。じっとしていられなかったからである。
弥生三月十一日十四時四十六分それより行方不明となりたるわたし
私にとって3・11は、阪神・淡路大震災の延長上にある。ただし、衝撃があまりにも大きく、被災者ではない自分までが、映像などを通しての追体験で、うちのめされた感があった。
地震、津波、加えて福島原発の事故。3・11は、自然災害と人工災害が、あいからまって、複雑で多面的な問題を私たちに提起した。日本列島に大きな負荷を与えるような。
何ができるのだろう。
まず、そのことを考える。
いちばんに言えるのは、忘れないこと。それが必定だと思える。関西に住む私にとって、東北は、距離的には遠いが、忘れない心で、ずっと、つながり続けていると信じている。かつてペットボトルを背負った背中で東北の風を感じ続けている。それが私の忘れない思いだ。
「行方不明」となったわたしを探す作業は、今、私が立っている場所でできること。つまり、根気よく言葉を紡ぎ続けることだと考えている。
(みちうら もとこ・歌人)