失われた時を求めて 3

花咲く乙女たちのかげにⅠ

初めての観劇,初めての恋,憧れの作家との邂逅.少年の目に映る,華やかなパリの社交風俗.(全14冊)

花咲く乙女たちのかげにⅠ
著者 プルースト , 吉川 一義
通し番号 赤N511-3
ジャンル 書籍 > 岩波文庫 > 赤(外国文学/フランス)
日本十進分類 > 文学
シリーズ 失われた時を求めて
刊行日 2011/11/16
ISBN 9784003751121
Cコード 0197
体裁 文庫 ・ 並製 ・ カバー ・ 498頁
定価 1,034円
在庫 在庫僅少

少年の目に映るパリの社交風俗を描く,第二篇第一部「スワン夫人をめぐって」.オデットとの結婚によって上流階級との交際を断ったスワン.夫妻の娘ジルベルトへの想いを募らせ,スワン家のサロンの信奉者となる私.ある日,夫人のお供をした昼食会で憧れの作家ベルゴットと同席する栄に浴するも,初恋は翳りを帯び…… (全14冊)


■編集部からのメッセージ
 『失われた時を求めて』の第3巻からは第2篇「花咲く乙女たちのかげに」に入り、第3巻にはその第1部「スワン夫人をめぐって」を収録いたしました。『失われた時を求めて』の第3巻からは第2篇「花咲く乙女たちのかげに」に入り、第3巻にはその第1部「スワン夫人をめぐって」を収録いたしました。 第2篇に移ったとはいえ、本巻には、スワンとオデット、ジルベルト、医師のコタールやヴェルデュラン夫人など、なじみの顔ぶれが登場します。第一巻で強烈な印象を残したフランソワーズの魅惑の料理の腕も健在です。なかでも精しく語られるのが、スワンとオデットの結婚の顛末と、その娘ジルベルトに向ける「私」の初恋模様、そして「私」の文学への目覚め。社交界の寵児スワンが初めて嘗めた恋の苦しみをつぶさに知る読者の皆さんは、オデットと結婚したスワンがどんな日々を送っているか興味津々のことと思います。宿命の恋と日常とはつながりうるものでしょうか? あるいは、「コンブレー」でバラ色のさんざしの向こうに見えた少女、「土地の名?土地」でシャンゼリゼ公園での遊び仲間になったジルベルトは、「私」にとってどんな存在になるのでしょう? そして夢見がちな「私」は、台詞を暗記するほど読み込んだラシーヌの舞台を見て、憧れの作家ベルゴットに会って、どんな感想を抱くのでしょうか? 本文は、ひきつづき「読みやすく、すっと頭にはいる訳文」を目指して推敲が重ねられています。馬車やモード、絵画や彫刻や歴史的建造物の当時の図版が数多く収録され、社交サロンで話題になる有名店などの所在をしめす地図もついている本巻で、「スワン夫人をめぐって」をお楽しみください。

***

 ところで、この夏わずか半日ですが「プルーストのパリ」を歩いてきました。宿泊したのは、グラン・ブールヴァール近くのホテル。「スワンの恋」でスワンがオデットを狂ったように探し歩いた「メゾン・ドレ」などがあった近辺です。ホテルを出たのは朝9時過ぎ、パリの街はまだ眠りから覚めず、歩いているのはキンベンな日本人観光客と覚しき仲間ばかりです。
 最初に目指すはオスマン通り102番地。第1巻の年譜によると、プルーストはこの建物に、母親を亡くした翌年の1906年から1919年まで暮らしました。地図で見るとグラン・ブールヴァールからさほどの距離もありませんが、通りや番地を確認しながら歩くせいか、思ったよりも時間がかかります。ようやく、見えてきたマルゼルブ通りとの交差点、その手前にマルゼルブ通り   並ぶ重厚な建物の一つがお目当ての102番地の模様。前面の壁にはかつてプルーストが住んでいた旨がプレートで示されています。おや、1907年からとなっています、転居が1906年の12月末だったためでしょうか。建物は隣も含めて今や銀行となり、その前には野宿をしていたのか、座りこんだままの老人が一人。朝から建物をしげしげと眺め、写真まで撮り始めた観光客に迷惑そうな目を向けています。あまりお邪魔をしないよう、写真は1,2枚に控え、先に進みます。



 先ほど見えたマルゼルブ通りを南に折れると、やがてオペラ座の背面が姿を現わします。今度の目標の9番地は、オペラ座の手前にありました。こんなパリの中心部にプルーストは住んでいたのですね。ところが2歳から30歳まで暮らしたこちらの建物には、なんの表示も出ていません。たまたま正面ドアを開けたマダムに、おそるおそる「ここはプルーストの旧居ですか?」と尋ねてみると、「そうよ」との返事。しかも親切なことに、「中庭も見てみる?」とドアを開けてくれます。「たぶん、あの辺り、2階か3階のあの一角」と指さし、「階段も見ていいわよ」との言葉。えっと思ったものの、絨毯を敷いた立派な階段を歩かせてもらいました。アパルトマン自体は他の方の所有のようでしたが、ドアを出るとき、「この後ろの通りにレストランがあって、そこの2階からはこの建物の中も見えるわよ」と教えてくれます。その言葉通り、後ろのシュレーヌ通りの角にはレストランがあり、マルゼルブ通り9番地の建物の隣はホテルになっているようです。次回はこのホテルに泊まるのもいいかもしれませんね。



  最後は、パリの歴史を伝えるカルナヴァレ博物館。そこに再現された「マルセル・プルーストの部屋」には、足を運ばれた読者の方もいらっしゃることでしょう。意外と狭いのは、展示スペースの制限ゆえか、ベッドや背の高い中国風の屏風や複数のテーブルがぎっしり詰め込まれているせいか。造りのしっかりした家具とはいえ、その後で見た貴族の部屋の華麗さとは異なる質実たる雰囲気です。プルーストといえば壁をコルクで張って防音したのが有名なエピソード。その壁が採用されたのは、先ほどのオスマン大通りの家でらしいですが、美術館の部屋の壁も触ってみるとたしかにコルク。なるほど、タイルのようになっているのですね。この日はなぜか入場無料、しかも午後からの一部休館の前に間に合ってと幸運続きのカルナヴァレ博物館で、今回の「プルーストのパリ」めぐりはおしまい。またの機会が訪れますように!

(2011.11)
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