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ゴンクールの日記(下) 斎藤 一郎 編訳 |
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好評を博しております上巻(1月刊)にひきつづき、下巻をお届けいたします。
上巻は、刊行してまもなく、仏文学者の鹿島茂先生が複数の媒体でご紹介くださいました。たとえば、「『ゴンクールの日記』にはフロベールが頻繁に登場し、『ボヴァリー夫人』の有名な辻馬車の情交場面は、フロベールが愛人の女流文学者ルイーズ・コレを馬車で送って行ったときのことを下敷きにして」いて、「つまりボヴァリー夫人を誘惑したレオン君は、フロベール自身であった」ということや、「第二帝政期の売春の公然化についての貴重な証言は、ベンヤミン『パサージュ論』の「売春のアラウネ」に大きな影響を与えている」といこと、等々。
下巻も鹿島先生の、いや読者の皆様の期待を裏切ることなく、文学者や芸術家のオフレコ発言、告白、ゴシップ、噂などがてんこ盛りですから、皆様には、きっと楽しい読書のひとときを過ごしていただけるものとおもいます。
下巻も上巻同様、1260円(税込)。今回の文庫化にあたって単行本に未収録の96日分の日記を追加収録したにもかかわらず、定価は上下巻あわせて2520円。もともとの単行本(1997年日仏翻訳文学賞受賞)が14,272円もしたのですから、どう考えてもお買い得です。途中から拾い読みしても、じゅうぶんに楽しめる本ですので、すぐは読まなくとも、この機会にとりあえずはご入手されておくことを強くおすすめいたします。
下巻には、56ページにもおよぶ充実した索引が付いています。(全2冊完結)
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ペトラルカ 無知について 近藤 恒一 訳 |
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善良だが無知な人間、と大家が若い知識人に決めつけられたら、どんなものでしょうか。名指されたのは、詩人・哲学者ペトラルカ(1304-1374)。すでに声望ある老年の思想家が人畜無害よばわりされては、社会的にもたまりません。まず黙ってはいられませんよね。ですが黙っていなかったのは、狭隘な私憤からではなく、この多彩な著述家を特徴づける、鋭い時代批判の精神のゆえだったのです。
批判のためにわざわざやってきた四人は、アリストテレスを〈神〉と崇める人々でした。それが時代の流行でしたし、四人の代表格のグイド・ダ・バニョーロは医者だったものですから、とりわけその自然学に肩入れし、哲学イコール自然哲学とさえ捉えていました。(イタリアでは医学と哲学の結びつきがとりわけ強く、それは即ちはアリストテレス自然学の結びつきだったようです。)この医者は、墓碑銘によればさらに天文学者・哲学者・歴史家・弁論家としても名を成したそうですから、かなり手ごわい論敵だったことでしょう。こと人文学では深い教養を具え詩的表現に優れていても、自然哲学に暗くては到底知識人といえまい、と敵は突いてきました。事態を知ったペトラルカの晩年の弟子で友人のドナートは、この状況にじりじりし、論駁書を書くよう師につよく勧めました。真摯な友情の励ましに応え、詩人は腰を上げました。そして、単なる論駁ではなく、歴史に残るルネサンスの思想的宣言となったのが本書です。
ペトラルカは哲学的に自己の立場をあきらかにする一連の論駁書を著しましたが、本書は中でもいちばん重要な作品、最晩年の主著とされています。アリストテレス哲学一辺倒の人々相手に、人間主義・反権威主義で対峙し、年季のいった持論である古典文献収集と言語研究の必要を説いた論拠は? 雄弁の復権、プラトン再読、人文主義の基本構想など具体的・包括的に述べたルネサンス人の面目躍如たるマニフェストに、ペトラルカの真価を汲み取ってください。岩波文庫のペトラルカ作品には、同じ近藤恒一訳で『わが秘密』 『ペトラルカ=ボッカッチョ往復書簡』も出ています。巨人の素顔をあわせてお読みいただければさいわいです。
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高僧伝(三) 慧皎/吉川 忠夫,船山 徹 訳 |
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『高僧伝』3巻には、「 篇」四・五と「 篇」上下を収録しています。神異篇には、さまざまな不思議な行状で知られた沙門の伝記が収められた部ですが、どのような行状が書かれてあるか、一部をご紹介いたします。
神異篇の冒頭に掲げられたのは、 。西域の出身で、西晋の310年に洛陽に至り、のちに後趙を建てる の保護を得ます。五胡十六国と言われる時代、石勒自身も羯族の出身で、西晋から前趙そして後趙の独立と、戦乱に明け暮れた時代を勝ち抜いたのでした。そのような荒々しい武人を仏図澄はいかにして信服させたのでしょう。
石勒の配下にいつも戦いの勝敗を予言する将軍がいました。不思議に思って尋ねると、才術知恵に優れた沙門がいて、将軍自身はその言葉を繰り返しているだけとのこと。早速召し出された仏図澄は、石勒に対しては深い道理を説くよりも目を驚かす術を見せれば十分と考え、鉢に水を入れ、焼香して呪文を唱えると、青い蓮華が生じて輝きだしました。果たして石勒はこれ以降、仏図澄に師事するようになります。その霊異な力は、枯れた泉から水を湧き出させたり、遠くの火事を鎮火するかと思えば、反乱や敵の襲来を予言し、果ては急病で亡くなった一族の子どもを蘇生させと、ほとんど神業かと思うほど。一方では石勒に仏の道を説き、その戒めのおかげで、民が困苦から救済されることも少なくありませんでした。百十七歳(!)で仏図澄が寂滅した後は、後趙の命運も尽き、その数年後に滅亡しました。
ところで高僧には、しばしば身体的な特徴が伝えられるものですが、仏図澄の場合は左の乳の傍に一つの孔がありました。そこに詰めてある真綿を抜くと部屋全体が明るく輝いて夜でも書物が読め、あるいは斎戒の日にはその孔から腸を引っ張り出して、洗って元に戻していたともいいます。いかに知に優れた沙門かという説明ばかりでなく、不思議な行状や身体的な特徴の方にも興味をそそられます。
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生の短さについて 他二篇 セネカ/大西 英文 訳 |
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セネカ(前4頃-後65)はローマ帝政初期(カリグラ、クラウディウス、ネロー帝の時代)のストア派の哲学者・悲劇作家・政治家です。暴君の代名詞のように言われる皇帝ネローの教育係を務めましたが、のちにその不興を買って、ネローから命じられて自決しました。このたび、岩波文庫の『人生の短さについて 他2篇』(茂手木元蔵訳、1980年刊)を、小社から2005年に刊行された『セネカ哲学全集』第1巻所収の大西英文先生の新訳に切り換えることになりました。タイトルは少し変わって『生の短さについて 他2篇』となりました。収録作は『生の短さについて』『心の平静について』『幸福な生について』の3篇で、いずれも人間にとって不変かつ普遍的なテーマを扱っています。セネカは今からおよそ2千年も前の人ですが、その言葉は、われわれ現代人にもストレートに伝わってくるものが多々あります。実際に読んで頂くほうがてっとりばやいと思いますので、いくつか引用してみます。
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《多くの者は他人の幸運へのやっかみか、己の不運への嘆きで生を終始する。移り気で、あてどなくさまよい、自己への不満のくすぶる浮薄さに弄ばれ、これと決まった目的もないまま、何かを追い求めて次から次へと新たな計画を立てる者も多く、また、ある者は、進むべき道を決める確かな方針ももたず、懶惰に萎え、欠伸をしているうちに運命の不意打ちを食らう。》
《人は、より善く生きようとして、なおさらせわしなく何かに忙殺される。生の犠牲の上に生を築こうとするのだ。人は、これを、次にはあれを、と考えをめぐらせ、遠い将来のことにまで思いを馳せる。ところが、この先延ばしこそ生の最大の浪費なのである。先延ばしは、先々のことを約束することで、次の日が来るごとに、その一日を奪い去り、今という時を奪い去る。》
《何かに忙殺されている人間のいまだ稚拙な精神は、不意に老年に襲われる。何の準備もなく、何の装備もないまま、老年に至るのである。あらかじめその用意を整えておかなかったからだ。彼らは、思いも寄らず、ある日突然、老人となる。日ごとに老年が近づきつつあるのに、気づかなかったのである。》
《手をつけるべきは、終えることができるか、少なくとも終えられると期待できる仕事であり、忌避すべきは、活動が思った以上に広範に及び、意図したところでは終わらない仕事である。》
《人に関しては、明らかに選択が必要であり、相手がわれわれの生の一部を費やすに値する人たちであるかどうか、われわれが自分の時間を費やしているという事実がその人に届くかどうかを考慮しなければならない。》
《われわれは、また、たびたび自己に立ち返るようにもしなければならない。自分とは似ても似つかぬ人々との交わりは、精神の秩序ある落ち着きを乱し、情動を甦らせて、精神にどこか弱点があったり、まだ完治していない傷があったりすれば、それを悪化させるからである。もっとも、一人きりでいること、群集の中に入って行くこと、この二つが交互に繰り返されなければならない。前者はわれわれに人恋しさを、後者はわれわれにわれわれ自身への恋しさを惹起し、両者は互いを癒す薬となるだろう。》
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