自然科学書編集部


8月8日



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〈生物多様性〉を考える


ファインマン特集
これから出る本より

フィリップ・ボール 著/池内 了,小畑史哉 訳
『ヒトラーと物理学者たち――科学が国家に仕えるとき
(9月刊行予定)
 
編集部からのメッセージ

 ピーター・デバイという科学者をご存知だろうか。1936年にノーベル化学賞を受けた物理学者である。戦前のドイツ物理学会の重鎮で、ドイツ物理学会の会長を勤めた後も、第二次世界大戦の渦中に米国に渡り、さまざまな分野で活躍した。知名度はないかもしれないが、20世紀の物理学史上、見過ごすことのできない足跡を残した人物である。
 2006年に彼の出身地であるオランダで『オランダのアインシュタイン』と題された本が出版されるやいなや、デバイの評価は一変する。一変というより、ノーベル賞受賞者の輝かしい評価は根底から覆され、唾棄すべき「ナチのスパイ」だったという評価がなされたのである。関係する学会は右往左往の事態となり、挙げ句の果ては、デバイの名を冠する賞や研究所名などは即座に変更を迫られた。
 その後の綿密な調査によって、そうした事実を認める証拠はないという結論に至ったが、いまもその衝撃は癒えていない。戦後70年以上経過しても、科学者とナチやヒトラーとの関係はいまなお深刻な問題なのである。
 しかしながら、それは過去の話、ヒトラー政権という特異な時代の話であって、現代の話ではないし、自分とは関係ないことだと思う科学者も少なくない。ましてや、一般の人にとっては、遠い話のように聞こえるだろう。しかし、事実はそうではないのだ。まさに今日の日本で、科学の基礎研究の名のもとに、防衛省がらみの資金提供を受けることの是非についておおいに議論になっているからである。また今日、海外の研究者と共同研究する場合も多く、その予算が米国の軍事関連からの資金提供であることも稀ではない。
 シュタルクやレーナルトといった、ナチの信奉者となりユダヤ人排斥に率先した科学者ではなく、プランクやハイゼンベルクといった、どちらかといえば政権から距離を置こうとした(と言われている)科学者たちの足跡と発言は、はたしてどのようなものだったのだろうか。
 ホロコーストやヒトラー政権の崩壊、原爆の不成功という歴史の事実は既知だが、新たに掘り起こされた資料をていねいにたどると、その時代に科学者がどう行動し、何を発言したかは、けっして過去の話だと決めつけるわけにはいかない。それは科学者のみならず、現代の我々の行動こそ問われているのだと思い知らされる。ぜひとも多くの方に読んでほしい本である。



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