編集部だより


9月の新刊




  『神、この人間的なもの
  ―宗教をめぐる精神科医の対話―

 なだいなだ著
  (新赤版806)
 

     
   宗教を信じるとは何だろうか? 何を信じればよいのだろうか?

 こうしたことを自問したり、議論をしたことがないでしょうか。

 本書では、大学時代の友人で精神科医となった二人が「人生を生きてきた末」に、かつて交わした議論を再開します。――神は本当にいるのか? と。

 二人はいま七十歳過ぎという設定。自分たちのこれまでを見直すとともに、生きてきた二十世紀を見直す位置に立ったのでした。

 著者は「まえがき」でこう書いています。

 「ぼくの目に、古い宗教の呪縛から解放されようとして、新しい形の宗教に呪縛されることを繰り返してきた世界歴史が目に入ってきた。そこでは、宗教の呪縛と、それからの解放が繰り返されていた。/国家という宗教、民族という宗教、革命という宗教……/だが、そうした呪縛がもたらした、戦争や革命が、ぼくたちの平和な、利己主義的な幸福追求の日常に、何かを突きつけてきたことも確かだ。/ぼくはそうした呪縛から自由になるためには、呪縛された人間の方から、宗教に光を当てていかねばならないと考えた。」

 呪縛された人間の方から宗教を考えるとは、言い換えると、宗教を教義や組織や儀礼などから論じるのではなく、信じるものの側から論じる、ということです。

 この時代、何を信じるのか。いや、どの時代にとっても、信じることとは何か。

 とても重い問題かもしれませんが、対話の形式を活かした本書で、手がかりを見つけていただければ幸いです。
(新書編集部 柿原 寛)
 
     
  ■著者紹介
なだ いなだ
作家・精神科医
1929年東京生まれ。1953年慶応義塾大学医学部卒業。フランス留学ののち、慶応病院神経科や国立久里浜病院などに勤務するとともに、小説、エッセイ、評論を発表。
著書は多数あるが、岩波新書に『権威と権力』 『民族という名の宗教』 『アルコール問答』があり、最近著は『人間、とりあえず主義』(筑摩書房)がある。
 
     
  ■目次
まえがき

序章 Tの訪問

第一章 信者にもいろいろある
 君は今でも神を信じているかね?
 信者のなり方にもいろいろある
 慣習から信者になる
 家族といっしょの入信
 自ら求めて入信する場合
 最初は哲学に救いを求めた
 折伏されて入信
 折伏を受けやすい人間
 折伏のエネルギー

第二章 教義より重要なのは
 キリストはキリスト教を知らない
 なぜ仲間なのか

第三章 集団精神療法としてみると
 イエスの場合
 多神教の時代の世界観
 医療の政治とかかわらざるをえない運命
 三大宗教の始祖たちを見ると

第四章 二千年の後退り?
 最初のグループ
 グループはすぐに巨大になった
 天国と地獄の説教は?
 弟子意識が師匠を超えさせなかった
 習慣の力が意外につよかった
 進歩という幻想も後退りの原因
 孤独の克服が重要

第五章 後退りの結果
 雨にうたるるカテドラル
 組織と建築の共通性
 魔女狩りの恐怖
 国民国家の中の宗教

第六章 狂いによって狂いを治す
 原点主義
 時代が狂うということ
 キリストやムハンマドは異常だったか
 三大宗教の役割

第七章 精神科医という宗教
 無神論という宗教
 病気が治せないときの医学
 不幸の預言者になった医者
 精神科医の登場
 治すことが最終決着?
 いつの間にか迫害者に
 病気の型の持つ意味

第八章 宗教は死なず拡散した
 大宗教が否定されて、すべてが宗教に
 なぜみな宗教だと考える?

第九章 葦の髄から永遠をのぞく――狂気と習慣
 葦の髄から二千年をのぞく
 二十世紀は狂気の世紀?
 二人で狂うことができることは
 狂気の後に正気がくる?
 習慣というノウハウ
 精神科医は分別を超えねばならぬ

 
  ■岩波新書にはこんな本もあります  
 
仏教 第二版 渡辺照宏著 青版C-150
イスラム教入門 中村廣治郎著 新赤版538
〈こころ〉の定点観測 なだいなだ編著 新赤版718
精神病 笠原嘉著 新赤版581
夢分析 新宮一成著 新赤版653
 
 
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