編集部だより


7月の新刊




  人民元・ドル・円
田村秀男著
(新赤版899)
 
 
     
  ■著者からのメッセージ

 摩天楼の上海に行けば、ニューヨークにいるような錯覚に陥り、垣間見る筆舌に尽くしがたく貧しい内陸部の農村が別世界のように思える。ニューヨーク市場に上場する国有企業は英語で取締役会を開き、日本の経営者を瞠目させる。が、傘下の工場は人員整理に反対する労働者の抗議デモで騒然としている。

 シャープペンの芯ほどの部品に書かれた三桁の数字を肉眼で読み取る女工さんの賃金が、日本の二十分の一でしかない。彼女たちは黙々と働き、おカネを貯めて故郷に家を建てる日を夢見る。

 経済ジャーナリストにとって中国ほど魅力に富んだ題材は他にない。マクロ政策もミクロ経済も細切れになって無数の情報が乱れ飛ぶ。中国経済は日本にとっても世界にとっても日々刻々重要性が増すばかりなので、どの断片を取り上げてもニュースになる。読者にとっては、情報の洪水となる。

 ところが、中国経済の全体像をつかもうとすると、ナゾだらけなのに気がつく。

 高度成長を続けるのに失業者が増える、不良債権が膨らむ。どうして?

 まともな金融市場がないのに人民銀行が金融を引き締める。効果はあるの?

 共産党が資本家を党員にする。どうやって?

 高度成長は長続きせず、いずれ破綻するという専門家の予測が後を絶たない。実際はどうなの?

などなどである。

 これらの疑問を解明するために必要なのは、通常のジャーナリズムの手法である会見やインタビュー、現場取材だけでは不十分である。何しろ中国は大きすぎる。北京が打ち出す政策が地方の末端に伝わっても、「上に政策あれば下には対策あり」で実際には別の形に変わる。ましてや経済は生き物だから、取材した情報の鮮度はすぐ落ちる。中国の公式発表や経済データの信憑性にも疑問はつきまとうが、ジャーナリストにとってそれは言い訳にもならない。知られざる真実を知らせるのが責務だからである。

 ジャーナリズムの限界を超えて中国経済を知るにはどうすればよいか。「肯綮(こうけい)に当たる」しかない。肯綮とは、通貨人民元である。人民元は中華人民共和国の前史に始まり、文化大革命、改革開放路線、社会主義市場経済の歴史の生きた証拠である。十三億の人々の喜怒哀楽、富と貧困、中央と地方、都市と農村、雇用と失業、投融資と不良債権のかなりの部分が毛沢東のお札に凝縮される。世界の基軸通貨ドルにペッグ(=釘付けに)することで、中国を世界経済に統合し、日本企業の進出を促すどころか、中国企業の対外投資の武器ともなりうる。

 本書でもうひとつ試みたのは、アカデミズムとジャーナリズムの統合である。取材メモを再整理し、取材し直し、足りないところはデータで補う。データの解読、総合のために経済学書の埃を払った。専門家にも問うた。データで見えないところは、それこそジャーナリズムの手法が生きる。アカデミズムとジャーナリズムを相互補完させ、化学反応させることで本書は成った。

 コンパクトな新書である。本筋に付着するべき脂肉はそぎ落とした。書き足りないところは多々ある。だが、中国経済の軟着陸の鍵は何か、日本、アメリカと中国の相互依存関係の今後はどうか、基本的な構図は描けたと思う。本書を読めば新たな課題も見えてくる、読者にとってそんな知的手がかりになれば、このうえない僥倖である。
 
 
     
  ■著者紹介
田村秀男(たむら・ひでお)1946年高知県生まれ。1970年早稲田大学政経学部卒業後、日本経済新聞に入社。岡山支局、東京本社編集局産業部、経済部を経て、84年ワシントン特派員。88年東京本社編集局経済部次長、91年経済部編集委員、95-96年米アジア財団(サンフランシスコ)上級研究員、96年香港支局長を経て、99年から編集委員。
主著―『核メジャー』(日本経済新聞社)
   『20ドル原油時代』(共著、日本経済新聞社)
   『ネットワーク資本主義―アメリカ「強さ」の研究』(編著、日本経済新聞社)
   『金融業界』(編著、日経事業出版社)
   『検証株主資本主義』(編著、日経BP社)
   『検証ヒューマン・キャピタル』(編著、日本経済研究センター)
   『世界経済の行方』(編著、日本経済研究センター)
 
     
 

■目次
 はじめに

 
  第一章  元の「顔」はなぜ毛沢東なのか  
     1 人民元の歴史
 2 人民幣の変遷
 3 ルーブルからドルへ
 4 管理変動相場からペッグ制へ

 
  第二章 社会主義市場経済の試練  
     1 改革解放と放権譲利
 2 金融社会主義
 3 マネー暴走
 4 反面教師・日本
 5 国有企業は改革できるか

 
  第三章 高度成長の光と影  
     1 人民元固定――成功の方程式
 2 視力三・〇の女工たち
 3 華僑コネクション
 4 投資、また投資でヒトを呼ぶ

 
  第四章 香港マジックとは何か  
     1 人民元のはけ口、香港
 2 新統一戦線工作
 3 投機家との攻防
 4 北京・華僑ネットワークの勝利

 
  第五章 中国株式会社幻想  
     1 混合経済体制のひずみ
 2 投機的な株式市場
 3 ウォール街の鐘を鳴らす
 4 ウォール街の掟
 5 中国の深謀遠慮

 
  第六章 ドル帝国の深層にあるもの  
     1 基軸通貨ドル防衛
 2 イラク戦争とドル
 3 金融・軍・政複合体アメリカ
 4 アジア政策――インドネシアに見る
 5 経済に回帰する米中

 
  第七章 ドルと円、そして元  
     1 アジア通貨基金の挫折
 2 新宮沢構想と「円の国際化」
 3 ドル離れは世界を安定させる
 4 元か、ドルか、円か

 
   参考文献
 
     
  ■岩波新書にはこんな本もあります  
 
現代中国 グローバル化のなかで 興梠一郎著 新赤版797
景気と国際金融 小野善康著 新赤版660
国際金融入門 岩田規久男著 新赤版635
ユーロ その衝撃とゆくえ 田中素香著 新赤版778
国際経済入門 第三版 西川 潤著 新赤版894
 
 
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