肖像写真から近現代の人間の変容をよむ
ここでは写真の歴史のなかから,三人の偉大な肖像写真家を選んだ。ナダール、ザンダー、アヴェドンである。ナダールは十九世紀後半、ザンダーは二○世紀前半、この二人はまさに肖像写真家であった。アヴェドンは二○世紀後半に活動し、その範囲は広いが、肖像写真に限定して見ていく。
ナダールは写真館で数多くの肖像写真を撮った。一枚一枚を見ていくと著名な人物が多い。新しく登場してきたブルジョワ階級を知的エリートで象徴していたのである。写されている人びとのポーズや服装は似たようなもので、あまり変わりばえしなかったが、ナダールが意識を集中したのは顔の個別性であった。
ザンダーになると一様なポーズではなく、人物はその人にふさわしい場所に立ち、まわりの情景もそれらの人物の一部をなしていた。彼はナダールと違って、エリートだけという選別をしたのではなく、一時代の社会全体をさまざまな容貌によって見ようとしたのだった。彼を動かしたのは、ある時代の世界像を捉えようという意図であった。
アヴェドンになると、もはや視覚的表現はほとんど制約がないほど自在になった。社会は写真に充分すぎるほど浸透されていた。人間のイメージとは何かをかなり自覚的に把握できるようになっていた。彼がポーズや人の顔に見いだしたのは、一種の「パフォーマンス」であった。アヴェドンのまなざしは、われわれの同時代の、空虚な特徴を際立たせるきわめて興味深い領域に入り込んでいる。
こうした三人の写真をこれからたどってみる。それぞれの写真の差異から、記述された歴史とはちがう歴史が浮かび上がってくるだろう。
(「はじめに」より)
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