編集部だより






 

肖像写真
多木浩二著
(新赤版1086)

 
 
 

 肖像写真から近現代の人間の変容をよむ

 ここでは写真の歴史のなかから,三人の偉大な肖像写真家を選んだ。ナダール、ザンダー、アヴェドンである。ナダールは十九世紀後半、ザンダーは二○世紀前半、この二人はまさに肖像写真家であった。アヴェドンは二○世紀後半に活動し、その範囲は広いが、肖像写真に限定して見ていく。

 ナダールは写真館で数多くの肖像写真を撮った。一枚一枚を見ていくと著名な人物が多い。新しく登場してきたブルジョワ階級を知的エリートで象徴していたのである。写されている人びとのポーズや服装は似たようなもので、あまり変わりばえしなかったが、ナダールが意識を集中したのは顔の個別性であった。

 ザンダーになると一様なポーズではなく、人物はその人にふさわしい場所に立ち、まわりの情景もそれらの人物の一部をなしていた。彼はナダールと違って、エリートだけという選別をしたのではなく、一時代の社会全体をさまざまな容貌によって見ようとしたのだった。彼を動かしたのは、ある時代の世界像を捉えようという意図であった。

 アヴェドンになると、もはや視覚的表現はほとんど制約がないほど自在になった。社会は写真に充分すぎるほど浸透されていた。人間のイメージとは何かをかなり自覚的に把握できるようになっていた。彼がポーズや人の顔に見いだしたのは、一種の「パフォーマンス」であった。アヴェドンのまなざしは、われわれの同時代の、空虚な特徴を際立たせるきわめて興味深い領域に入り込んでいる。

 こうした三人の写真をこれからたどってみる。それぞれの写真の差異から、記述された歴史とはちがう歴史が浮かび上がってくるだろう。

(「はじめに」より)
 
 
 

■著者紹介
多木浩二(たき・こうじ)1928年神戸に生まれる。東京大学文学部美学美術史学科卒業。東京造形大学教授、千葉大学教授などを歴任。芸術に対する感受性と哲学的思考を融合させて建築・写真・美術などさまざまな芸術を論じ、スポーツ・戦争などを題材にして社会や歴史を考察してきた。
 著書は、『戦争論』 『絵で見るフランス革命』 『ヌード写真』(以上,岩波新書)、『天皇の肖像』 『生きられた家―象徴と経験 『「もの」の詩学』 『写真論集成』 『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』(以上,岩波現代文庫)、『雑学者の夢』 『シジフォスの笑い―アンセルム・キーファーの芸術』 『神話なき世界の芸術家―バーネット・ニューマンの探究』(以上,岩波書店)、『眼の隠喩』 『欲望の修辞学』(以上,青土社)、『船がゆく』 『船とともに』 『最後の航海』(以上,新書館)など多数。

     
  ■目次
はじめに
 
 
第一章
ブルジョワの理想―ナダール―  
  一 カリカチュアリストから写真家へ
二 写真家としての出発
三 十九世紀パリをつくった人びと
 
第二章
二十世紀の全体像を目指して―アウグスト・ザンダー―  
  一 ザンダーなる写真家
二 測り知れない人間の世界
三 ザンダーにとっての農民
四 さまざまな人間たち
 
第三章
パフォーマンスに真実を撮る―リチャード・アヴェドン―  
  一 「借りた犬」―アヴェドンの肖像論
二 顔とは何か
三 アヴェドンの人間喜劇
四 プライベート・パンテオン
 
終章
肖像写真と歴史  
 

 

 

参考文献
あとがき

 

  ■岩波新書にはこんな本もあります  
 
戦争論 多木浩二著 新赤版632
ヌード写真 多木浩二著 新赤版209
絵で見るフランス革命 多木浩二著 新赤版74
近代の労働観 今村仁司著 新赤版584
世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて
柄谷行人著 新赤版1001
 
 
 


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