文章術と、物の見方・考え方と
いきなりですが、国語の問題を―。ぜひあなたも挑戦してみて下さい。
「次の日本語表現の内、不適当なもの、間違っているものを選びなさい。そして、できれば正しく直して下さい。(ちなみに、10問中、8つが間違っています。)(1)汚名を挽回する。(2)風下にも置けぬやつだ。(3)怒り心頭に発した。(4)李下に冠を正すの心構えが必要だ。(5)犯罪を犯す。(6)喧々諤々(けんけんがくがく)。(7)二の舞を演じる。(8)この映画は期待倒れだ。(9)将棋を打つ。(10)公園で大の字になって居眠りした。」
さて、できましたか? 実は、この問題は、本書の「正確に書く」と題した章に出てくるのです。
最近は、「正しい日本語(を使おう、守ろう)」という考え方は、どうも評判が良くありません。たしかに、言葉は生き物ですから、世の中のありようや人々の価値観が変わるのにともなって、新しい表現が生まれたり、使い古された言い回しが消えていったりします。「正しい」「間違っている」といった基準そのものも変わって当然です。
けれども、日記に書くのならいざ知らず、他人に読んでもらう文章を書こうとするとき、今日の目で見て適切・妥当な日本語を用いるべきであるのも、また当然でしょう。まさにその意味で、この本の著者は「正しく」書くことを心がけたい、というのです。
もっとも、ここだけご紹介したのでは、誤解を招きそうで心配になります。辰濃和男氏の著作の魅力は、実のところ、「○か×か」的発想の対極にある、といってもいいくらいだからです。そのしなやかな思考法については、ぜひ本そのものを開いて楽しんで下さい。
そう、この本は、いい文章を書くための要諦を具体的に教えてくれるだけでなく、いわば物の見方・考え方そのものについて、私たちに再考を促してくれるのです。「文は心である」―「まえがき」に記されたこのひとことに、すべてが言い尽くされている、といってよいでしょう。
ちなみに、上記の10問のうち、正しいのは(3)と(7)。他のどこがおかしいかについては、本書の109頁に記されています。
(新書編集部 坂巻克巳)
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