科学

11月号特集
〈緊急座談会〉より


 

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第2特集:エピジェネティクスの可能性(仮)

2月号:太陽系の新しい常識(仮)

3月号:脳科学から教育へのアドバイス(仮)

11月号特集「BSEの危険度はどこまでわかったのか──プリオンの科学最前線」
〈緊急座談会〉何が問われるべきか

出席者:
金子清俊(東京医科大学教授)
神田敏子(全国消費者団体連絡会事務局長)
水澤英洋(東京医科歯科大学教授)
山内一也(東京大学名誉教授)

■ 編集部より
 本誌11月号掲載の座談会収録から、特別に公開いたします。
 本誌掲載の話題は「消費者の立場から」「リスクコミュニケーションの実際」「BSEの考え方」「米国産牛肉を食べるか」「全頭検査の利点」です。ぜひ本誌もご覧ください。  ここでは、「変異型CJDの現在」「輸血による感染は」「シカのプリオン病」を公開いたします。


変異型CJDの現在

山内 変異型CJDがウシに由来するということについては,現在では,ほとんど間違いないといっていいでしょう.1996年に,最初に変異型CJDが見つかったときには,状況証拠だけでしたが,その後の実験結果から,いわゆるプリオンの株の特徴がBSEと変異型CJDで同じで,孤発性など他のものとは違うということがわかっています.そのほか,いくつかの科学的な証拠があります.ただ,病原体自身を実際に分離して,比較する手段がないので,最後まで決定的なことはいえないかもしれないですが.
水澤 いまのところ,決定的に,たとえば結核菌のようなかたちで捕まえられていません.その点が非常に大きな問題として残っています.
 ほかに,いわゆるBSEの発生と消退についての疫学的なデータがありますね.英国ではある程度数がある.BSE発生とピーク,そして消退と,変異型CJDの発生とピーク,消退のパターンが,よく一致しています.10年ぐらいの潜伏期的な期間をおいて,同じようなかたちで発生してきています.
 日本のCJDの患者は毎年100名ほどで,およそ100万人あたり1人です.
そのうちの8割弱が孤発性で,原因のわからないものです.1割強が遺伝性のもので,これはプリオン蛋白遺伝子の変異が原因です.1割弱が感染性のものです.つまり,残念ながら医原性のもの(たとえば移植硬膜から感染したと強く思われるもの)と変異型CJD(BSEから感染したということが強く推定できるもの)です.
 診断については,孤発性の古典型CJDは特徴があり,見間違うことはないでしょう.ただ,遺伝性のものの一部などは,経過が長いなど,特徴がわかれるので,ちょっと難しい面があります.
 硬膜移植後の医原性のCJDについては,いまの日本のデータから,最も長い潜伏期が約23年です.ですから,移植年を考えますと,これからもまだ発生する可能性があります.残念ですが注意しなければなりません.
山内 潜伏期の長さとプリオンの129番目のコドンの多型性との関連についてはいかがですか.
水澤 一般的にはコドン129がメチオニンでなくバリンだと発症しにくいといわれていますが,硬膜例ではいまのところはっきりとした関連はみられていません.ただ,日本人はほとんどがメチオニン/メチオニンでバリンをもつ例が非常に少ないという問題はあります.
 変異型CJDについては日本ではまだ1例で,診断は難しいかもしれません.神経内科医のあいだでは,サーベイランス委員会があることが周知されており,連絡できる体制になっています.そういう意味でも,第1例の診断がついたことは,日本のサーベイランスやプリオン病にかかわる方々の努力のたまものだと思っています.
 日本人の変異型の症例で,その感染源について問題になりました.英国滞在歴がありましたが,24日と短かったのです.フランスでもBSEが発症しているので可能性があるのですが,数日しか行っていません.もちろん,日本には長くおられたわけです.どこで感染したかということになると,BSEの発症数等を考え合わせると,やはり可能性が高いのはイギリスであろうというのが結論です.
 ただ,イギリスの方からは,「日本へは,いわゆる食肉(meat)の形では輸出していないけれども,オファール(offal)といわれる内臓成分等は禁止になっていないので輸出している.それが料理されて食べた可能性はあり,日本での感染の可能性は残る」という反論があり,結論としては,「イギリスで感染した可能性が高い」という表現になりました.科学的に完璧に答えようとしたら,「わからない」ということになるわけです.
山内 でも,どちらにしてもイギリスのウシから感染したということに関しては,間違いはないわけですね.
水澤 圧倒的に数が違いますからね.
神田 日本のウシではないですね.
水澤 もともと英国のウシの可能性は認めていました.

輸血による感染は

山内  孤発性CJDの場合と,変異型CJDの場合で話が別になります.孤発性CJDでは,1970年代にガイジュセックによるチンパンジーへの伝達実験がありますが,結局は血液による伝達はできなかった.しかし,たとえば九州大学の立石潤先生のマウスへの脳内接種の実験では,孤発性CJDの患者の血液で感染性が見つかったことがあります.孤発性CJDが輸血でうつったという証拠はまったくないけれども,理論的にはあり得ると考えられるのではないでしょうか.
水澤 そうですね.孤発性の場合は,実際上はほとんどないと思いますが,問題なのは変異型CJDです.とくに英国では感染しているが発症していないという方の数が多いと考えられます.とくにコドン129にバリンの多型をもっている方に,そういう方がいるのではといわれています.実際にいままで,3例ほど輸血に関連して感染したと思われる方があって,蔓延を危惧しています.
 ヒトからヒトへは,種の壁がなく伝播が容易です.輸血に関しては非常に厳密なチェックをしていて,全部の患者をずっと追跡できるように,コンピュータでデータベース化された体制が,英国HPA(Health Protection Agency)でとられています.
 日本の場合も,サーベイランスで得た輸血に関するデータは,すべて日本赤十字に連絡しています.
山内 変異型CJDの場合は,患者の脾臓,扁桃,虫垂といったリンパ組織に病原体が見つかりますが,BSEのウシでは扁桃以外には見つかってこない.リンパ組織に病原体があるということは,白血球に病原体が入ってくるという理論的な可能性を示しています.一方で実験的には,BSE病原体をヒツジに接種して,そのヒツジが,まだ潜伏期中にほかの健康なヒツジに血液を輸血した場合に,BSEが伝達されたという結果があります.ですから,輸血での感染というのが,実験的にあり得るという証拠が,出てきています.  ヒツジの実験と,変異型CJDの患者の中での病原体のリンパ組織での検出という,この2つの因子から理論的な可能性がある.
 英国で,若くて健康な1万2000人あまりの虫垂と扁桃を調べたところ,3例の陽性例が見つかりました.1万2000人中の3例を,人口構成から補正した結果,だいたい3800人ぐらいの感染者がいると推定されたのです.そういう意味でも,英国では血液での感染リスクが問題になっているのだと思います.
金子 感染について追加していいでしょうか.
 最近問題になっているのは,尿や牛乳です.通常は感染性がないのですが,ときに出てくることがあって一定しない.それはたとえば,腎臓に炎症や乳房の乳腺炎のように,何か炎症がおこったときに,通常はあるはずのないところのリンパ球にプリオンが付着して,そこに集まることで感染性が出る可能性がある.
 輸血に関してもそれが適用できるという具体的なデータはありませんが,そういった要素は最近,専門誌に相次いで報告されていて,その懸念があると思います.どの程度例外的なのかわかりませんが,ヒトの健康を考える場合には,やはり無視できず,感染の何らかの把握をすべきであるとされます.たとえば尿に関しては,尿路感染症がおこると,白血球が出てきますから,そのくらいのチェックはすべきではないかという議論になっています.
山内 ウシでも同じ問題がかかわってきます.ウシには乳房炎がかなり多くて,乳牛では重要な病気です.乳房炎にかかっている場合には,ミルクの中に病原体が出る可能性があるのではないかという議論もある.何か異常な病的な状態があった場合には,ほかのデータとは違った事態がおこりえると考えなければいけないですね.
金子 少なくとも,そういう点が注目されていることは事実だと思います.
水澤 金子先生は医療行為における感染予防のガイドラインをつくられましたね.
金子 「プリオン病及び遅発性ウイルス感染症に関する調査研究」(代表:水澤英洋)の分班というかたちで,「クロイツフェルト・ヤコブ病感染予防ガイドライン」の作成を任されました.
 輸血,歯科治療,内視鏡,手術の4つを取り上げました.臓器移植は入れていなかったと思いますが,病理解剖をするときの問題,あるいは臨床の場での汚染を防ぐ必要があるのではないかということも入っています.検査を通じた汚染,医療事故,あるいは医原性の汚染を防ぐための方策を検討して,いちおうのガイドラインのたたき台になるものを,とくにEU諸国,イギリス・ヨーロッパの対策についてまとめました.
水澤 補足すると,予期されることとして,予定された手術などで,ヤコブ病の患者,あるいはそのリスクの非常に高い方に手術が必要なときにどうするかといったことが必要で,そういうガイドラインはあるのです.
 実は,予期できないこともあるわけで,たとえば脳外科の手術が問題です.中枢神経はいちばん感染力が高いですから.脳外科手術は緊急手術のある領域です.実際,手術してからヤコブ病が発症するといったことがあり,そこからの二次感染を予防しなければいけません.二次感染予防の対策を立てる委員会が日本でもでき,これからさらに対策を進めていく状況にあります.
 眼科も問題です.日本では,白内障の手術が非常に多く行われていますし,眼球に接するような器具で目の検査をすることもあります.また,耳鼻科領域でも中枢神経に接する場合があります.臭いを感じ取る臭球は脳が直接伸び出したもので,危険性が高いと思われます.そういったところも加えて,より広範な領域で二次感染予防の対策を立てて,周知していこうということになっています.
 感染が低レベルで持続するということは,十分にあり得ます.しかし,いま,予防の努力をしており,どんどん広がっていくということはないのではないかと,希望的観測を含めて思っています.
金子 私も希望的観測として同感ですが,水澤先生は十分慎重にお考えですが,フランスでおこった下垂体ホルモンの注射による医原性のCJDのとき,M/M,M/V,V/Vの順に遅れて出てきた例があります.その可能性は否定できないと思っています.
 時間とともに収束してきているとは思うのですが,まだ一点には収束していない.それは,BSEの議論にも関係しているんですが,上向くか,平らか,下向くか,わからないというのが正確な立場かなと思っています.ただ,流行がどんどん進行して,上昇していく可能性は低いと思います.あくまでも印象ですが.
水澤 まったく同意見ですが,今後出てくる可能性はあり,それに対してわれわれは,精一杯の抑制する努力をしなければいけない.けれども,すごく危険だとばかりセンセーショナルにメディアが書くと,それは決して安心に結びつきません.両方の理解が必要です.
 リスクがあって無視できないので,そこにはお金を投入して,安全を守る努力が必要です.しかし,パニックになって,何でもかんでも危険だという必要もないといったことを,うまく伝えていく必要があるという意味です.
山内 少なくとも,輸血を介しての感染は,現実に,イギリスで変異型CJDの患者由来の血液を輸血されて感染したと考えられる人が3人見いだされています.変異型CJD患者の血液を輸血された人は30名以下で、そのうち3例で感染の可能性があるということは,かなり頻度が高い.しかも,その献血をした人は,発病の2〜3年前に献血をしているわけですから,もちろん発症前の健康とみなされる時期でした.
 そういった状況があると,変異型CJDの患者が出たときには,献血歴が問題になります.日本の変異型の例では,献血歴がなく運がよかったのです.アイルランドでの変異型の例が出たときも,すぐに調べると献血歴がなかった.ほとんどの国でそのようにしています.かなり幸運に支えられなければいけない面があるのです.
 これからどういうふうに対処していくか.もちろん,イギリスがいちばん大変な問題を抱えていて,いまイギリスでは,1980年以降に輸血をされた人は,献血ができない.つまり,輸血をされた人は感染の可能性はあるとして,その人からほかには広がらないという対策ができている.日本で,そこまでやる必要はないと思いますが,そういう事実を理解しなければいけないのではないか.完全に防ぎ得る話ではありません.可能性はかなり低いということと,あとは幸運に支えられている面があり,それが現実ではないでしょうか.

シカのプリオン病

水澤 北米のシカではCWD(Chronic Wasting Disease)がかなり広がっています.あれが,どうして広がっているのかが疑問なのです.それに関して,最近筋肉にたくさん感染性プリオン蛋白が検出でき,それで感染を伝達できるという論文がありました.シカのことも警鐘を鳴らすべきと思います.
山内 シカは大きい問題で,日本の農水省の委員会でも取り上げています.シカは野生動物であって,家畜でないという問題があります.飼育されているものでも,本来は野生です.それともう1つは,水平感染するということです.BSEは家畜であって,水平感染はしない.ですから,コントロールができた.シカの場合にはコントロールできない.
 シカでなぜ水平感染するか.感染の非常に早い時期から,扁桃をはじめ,腸管のリンパ組織でも病原体が増えています.おそらく唾液や,尿に病原体が出ている可能性がきわめて高い.ですから,簡単に広がり,コントロールしようがないです.
 日本の場合,シカの骨や角を輸入するための審議があったのですが,その利用目的は,果樹園などに使うリン酸肥料の原料でした.そんなことをやっていて,もしもそこにCWDの病原体がついていれば,日本のシカが舐めるかもしれない.そうなったら終わりだということで,全部禁止しているのです.
 また,ハンターが獲ってきたシカは,任意で提出してもらって,それをウェスタン・ブロットで調べています.限られた数ですが,いまのところその程度の対策はやっています.これからの新しい問題としては,シカだけでなく,いろいろな動物で,自然発生的にプリオン病を引き起こす可能性があるということを念頭において,対応していかなければいけないと思います.
 CWDが見つかったのは1960年代で,そのころは広がっていなかったのが,どんどん広がってしまったのです.
水澤 広がってますね.
山内 どんどん広がっています.その背景には,中国や韓国での,漢方薬の原料として,シカの袋角(ふくろづの)の需要が高まったことがあります.それでシカの繁殖が盛んになったのです.
水澤 日本の場合は果樹園ですか? 私が少し前に聞いた話では,韓国で輸入したシカが発症したということでした.その後,その関係のニュースは,われわれのところにはあまり伝わってこないのですが.
山内 それは,カナダから韓国が輸入して,飼育を始めたのです.その中に感染したものがいたので,全部を殺処分しています.彼らは,もう収まったと言っていますが,収まったかどうかは…….  日本では漢方薬の原料としての輸入はあっても,生きたシカを輸入して,日本で飼育するということはしていません.
水澤 角には,感染力はないでしょうか.
山内 それはほとんど問題はないと思います.
水澤 でも,大事な問題ですね.
山内 ええ.新しい問題として考えなければいけないし,ヒトへの感染の可能性も否定はできない.ウシへの感染実験では,発病していますが,BSEとはまったく違う症状です.
*  *
神田 BSEのことについては評価が終わっている,という雰囲気が一般的にあると感じます.たとえば,消費者団体の中でも,「BSEをいまさら取り上げるの?」という反応が返ってきます.
 ですから,まだまだわかっていないことがあって,これから先,いまは予想できないことがおこるかもしれないということを,むやみに恐れさせることはないと思いますが,忘れさせてはいけないと思うのです.一般の人も,その点はしっかり押さえておく必要があります.
 科学は,その時点で最高のことができるけれども,常に新しいことが開発されたり,新しい側面がわかってきたりすることの積み重ねですね.そういった見方をする訓練を忘れないようにしなければいけないと思います.
 「いまさら」という雰囲気の背後には,誤解している部分があるのかなと思います.日本の牛肉については,比較的安心して食べられる状態にあるからかと思いますが,世界からBSEを根絶するといった視点も必要だと思います.きょうは,改めてそういうことを感じました.
(2006年7月26日小社にて収録後加筆.)

 

 

 

 



 

 

 

 

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