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「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」への手紙(2)

 このページでは、岩波書店・雑誌『科学』より「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」委員・事務局各位に差し上げた手紙についてお知らせします。

 以下の書面を2014年6月18日に発送しました。

 上記専門家会議第6回(5月20日)において、『科学』掲載論文が参考資料として参照されました。参照された論文は、「初期小児甲状腺被ばく調査(スクリーニング)の再評価のために――過小評価をもたらす要因とバックグラウンドを考える」(4月号)、および「体表面汚染スクリーニングが示す初期甲状腺被ばく防護の不備――もうひとつの「実測データ」による線量推計」(5月号、いずれも著者はstudy2007氏)です。

 これらの論文の指摘が十分に検討されないままにおわる懸念から、とくにお手紙を差し上げた次第です。

 なお、前回1月22日発送の手紙についてはこちら、その後の7月13日発送の手紙についてこちらをご覧下さい。

「プルーム通過時にもとづく合理的な摂取シナリオの想定から、1歳児甲状腺等価線量100mSvを0.2μSv/hとみなすことが大幅な過小評価となりえること」について確認のお願い

 拝啓 「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」(以下、専門家会議)でのご議論に敬意を表します。
 委員の皆様におかれましては、科学的良心にもとづき、大きな不確実性のなかで過小評価を避けつつ検討を進めてくださっていることと、そのご苦労を拝察いたします。
 この間のご議論により、1080人の初期甲状腺被ばくスクリーニング調査(以下、1080人スクリーニング)から甲状腺被ばく線量を推計することの困難さが浮かび上がっていると存じます。実測を尊ぶことは事実を直視するために重要ですが、しかしながら不適切な仮定にもとづいた過小評価では、事実から目を背けた非科学的なものとの誹りを免れません。
 1080人スクリーニングにおける「実測」とは、サーベイメータにおけるカウント値でした。ここから甲状腺等価線量を計算することに一定の仮定(吸入摂取のシナリオ、バックグラウンドのとり方、換算係数、多核種の寄与)を要することが、これまでのご議論で確認されてきました。
 放射性ヨウ素の減衰が早いため、吸入摂取シナリオをどのように考えるかによって、線量評価が大きく異なってくることが、雑誌『科学』掲載論文(第6回参考資料2-7、2-8)において指摘されています1。第6回当日には委員の中からも、「飯舘村・川俣町方面の場合に、プルームの通過時間と、再浮遊の効果が小さいことから、1回摂取は悪い仮定ではない」(引用者要約)との趣旨のご発言(本間委員)がありました。
 プルームの通過した3月15日に1歳児で100mSv(甲状腺等価)相当を吸入した場合に、測定の行われた3月26日〜30日におけるサーベイメータの正味値は、0.10μSv/h(3月26日時点)ないし0.066μSv/h(3月30日時点)となることが、参考資料2-7(『科学』4月号p.408)に記載されています。つまり、1歳児100mSvを0.2μSv/hとみなすことは、今回の場合、大幅な過小評価となりえることを指摘しています。
 したがって、特別とはいえない現実的な仮定として1回摂取シナリオにもとづけば21080人スクリーニングにおける最高値0.10μSv/hが50mSvであるとは断定できず、測定誤差0.02μSv/h程度3が10mSvであるとも断定できないと考えられます4
 また、参考資料2-7(『科学』4月号pp.408〜409)では、1歳児甲状腺100mSvを与えるダスト濃度を例に、着衣汚染がサーベイメータにどの程度の値を与えるかを計算しています。プルーム通過の15日にダストが沈着したとして、検査時の26〜30日にその値は0.025〜0.027μSv/hとなります。すなわち、汚染された着衣のバックグラウンドを不適切に差し引くと、100mSv相当の吸入による甲状腺からの値(0.066〜0.1μSv/h)の少なくとも3割前後を、甲状腺の汚染が低い場合や年齢が高い場合には値のほとんどを、引き去ることになってしまいます。これは場合によっては、約30mSv以下の被ばくをなかったものにする態度に等しいことになります。参考資料2-7(『科学』4月号p.409)には、川俣町の測定値において、甲状腺の測定値の上昇に対応して、バックグラウンドとされた参照値にも0.01〜0.04μSv/h程度の上昇がみられることが指摘されています。この上昇の傾向は、上述の着衣汚染の水準と大きな齟齬はありません5
 着衣汚染や身体による遮へいの効果など、さまざまな寄与を考えると、真のバックグラウンドの評価は極めて困難であり、スクリーニング調査からあえて被ばく量を評価し、かつ過小評価を避けようとするならば、空間線量をバックグラウンドの代替とするのが適切ではないか、ということが参考資料2-7(『科学』4月号)で述べられていたことでした。
 以上のように、大きな不確実さが存在しえるなかで、「90 パーセントタイル値で30mSv(飯館村)、10mSv(川俣 ママ )といった値の推計精度は高いと考えられ、事故後の行動に特別の仮定を置かない限り、50mSv を超える者はいなかった」(第6回資料1-1)とまとめることは、同資料1−1が冒頭に掲げる、実測データをベストのものとし、高い値についても着目した、という考え方に反するものと国民に受け止められるでしょう。
 なお、1080人スクリーニングを貴重な実測データとして扱うとすれば、飯舘村・いわき市における調査についての検討・吟味は、まだ十分には本専門家会議においてなされていないといわざるをえないと存じます。十分なご検討がなければ、資料1−1のとりまとめに対して、国民から不信の眼が注がれることになると危惧いたします。
 大きな不確実さを抱えた1080人スクリーニングを実測として扱うならば、福島県全県の体表面汚染スクリーニングの分布から集団の平均被ばく線量との整合性をみることも参考になりえるという提案が、参考資料2-8(『科学』5月号)でなされています。p.547の図にまとめられているように、1歳児甲状腺等価線量での平均(90パーセントタイル値ではなく)が40mSv前後にありえることが示唆されます(ただし、図にあるように高い数値の方は存在します)。この値は、1080人スクリーニングの川俣町に適用した場合の平均(約40mSv(1歳児甲状腺等価線量)とも整合します。
 また、参考資料2-8(『科学』5月号p.541およびp.544表2)で述べられているように、体表面汚染スクリーニングで1万3000cpm(1歳児甲状腺等価線量100mSv相当6)以上が検出された方、さらには10万cpm(1歳児甲状腺等価線量890mSv相当)以上が検出された方(福島県災害対策本部集計による11万4488人中102人で約0.09%)が、相当数いらしたことが記録されています。高い値に注目するという資料1−1の方針から、参照されるべき事実であろうと存じます。
 委員の皆様におかれましては、信頼されるとりまとめにいたるために、摂取シナリオの想定、バックグラウンドの扱い、それらをふまえた測定値の評価について見解を明らかにされるよう、希望いたします。事務局が作成するとりまとめに対して、委員各位の見解がどのように反映されたのかについても、明らかにされることを希望いたします。
 なお、第6回での中村尚司委員のご発言と関係して、別紙のように中村委員に執筆依頼を差し上げることにいたしましたので、お知らせいたします。
 すでに1月21日付の文書7でお知らせしたように、中村委員からなされた東葛6市に対する2011年7月8日付けの助言が、専門家たる「基本」や「常識」に反するでたらめなものであったこと8に対して、国民から深い怒りの声が寄せられており、中村委員の辞任を求めるつよい声があります。先の中村委員の発言によって、1080人スクリーニングの数値の意味、その限界や測定誤差が十分に検討されないのであれば、本専門家会議のとりまとめは、国民から信頼されるものとはならないと案じられます。中村委員から国民への説明がないままにとりまとめがおこなわれた場合にも同様に、とりまとめは信頼に値しないとみなされると危惧されます。
 今後のご議論に注目しております。                           敬具
 2014年6月18日


1 なお、第6回資料1-2-3「福島事故後の母乳測定データの解析」においては、母乳1回摂取が非現実的な例として取り上げられましたが、仮に、数時間おきに母乳を摂ることが必然の赤ちゃんの例と、短時間のプルーム通過による吸入摂取とが同列に受け止められてしまうとすれば、対象を混同した不誠実な議論に誘導されてしまいます。

2 ここでいう「特別」については、第6回資料1-1における記載「事故後の行動に特別の仮定を置かない限り、50mSv を超える者はいなかった」を参照しています。なお、参考資料2-7では、いわき市については15日と21日に同等の吸入摂取と仮定しています。

3 第3回資料3に記載の予想。

4 もちろん、年齢による調整がなされてしかるべきですが、最高値の方の情報は不明であり、また補償も定かでないなかでその方の情報だけが取り沙汰されることも適切とも考えられません。そして、1080人スクリーニングにおいて0〜1歳の方が約100人いました。これは確かな現実です。

5 スクリーニングに先立つ体表面サーベイの基準1000cpm程度の汚染があった場合の水準とも大きな齟齬はありません。高めの数値がみられることは、一部にすり抜けがあった可能性は考えられます。

6 この換算も、沈着(吸入)のシナリオと測定までの時間経過によって数倍変わりえます。参考資料2-8(『科学』5月号p.546図4)参照。

7 『科学』ウェブサイトhttp://www.iwanami.co.jp/kagaku/kagaku20140121.htmlにて公開。

8 前掲脚注のウェブサイトの資料D参照。

中村尚司委員への執筆依頼

拝啓
 「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」(以下、専門家会議)でのご議論に敬意を表します。
 第6回専門家会議において、中村委員は次のようにお話しになりました。
 「岩波の『科学』になんかあの、空間線量のほうをバックとしろとありましたけれども、やはり、空間線量でやるというのは私はちょっとよくなくて、やっぱりその、甲状腺の被ばくを測っているわけですから、甲状腺以外の体の、えー、と比べてですね、そこはどれだけ増えているかという測定をするというのが、私、測定の基本であると思います。」
 『科学』編集部といたしましては、今般の線量評価のとりまとめが社会的影響のきわめて大きなものであることから、中村委員にお話しになった内容の詳細を本誌論文としてご執筆いただけますよう、お願いを申し上げる次第です。今回の1080人の甲状腺被ばくスクリーニング調査(以下、1080人スクリーニング)の具体的な状況にそくして、定量的に論じてくださいますよう、お願い申し上げます。要領としましては、分量6000字を超えない程度(図版は別途数枚程度)、7月25日を締切にご検討をお願いできれば幸いです(期間が限られていて恐れ入りますが、すでにご検討済みのことと拝察いたしますので、社会的重要性に鑑みて、急ぎご執筆いただけますとまことにありがたく存じます。なお、校正を一度お願いいたします。掲載にあたり、規定の原稿料をお支払いいたします)。
 なお、別紙でお知らせした、委員の先生方全員にお送りした書状における論点、すなわち、
 (1)吸入摂取のシナリオをプルーム通過時に合わせることが合理的であるとお認めになるかどうか、
 (2)第6回参考資料2-7(『科学』4月号掲載論文)の指摘:プルームの通過した3月15日に1歳児で100mSv(甲状腺等価)相当を吸入した場合に、測定の行われた3月26日〜30日におけるサーベイメータの正味値は、0.10μSv/h(3月26日時点)ないし0.066μSv/h(3月30日時点)となること、したがって、1歳児100mSvを0.2μSv/hとみなすことは、今回の場合、大幅な過小評価となりえること、をお認めになるかどうか、
 (3)1080人スクリーニングにおける最高値0.10μSv/hが50mSvであるとは断定できず、測定誤差0.02μSv/h程度が10mSvであるとも断定できないことをお認めになるかどうか、
についての見解も含めてくださるようお願い申し上げます。
 見解をまとめてくださるにあたっては、単なる個人的印象ではなく、検証可能な具体的分析をもってお示し下さい。第6回参考資料2-7(『科学』4月号掲載論文)への反論についても同様に具体的にお願い申し上げます。
 評価の小さくなる要因や大きくなる要因についても明らかにして下さい。参考資料2-7の考え方は、そもそも不十分な前提でのスクリーニング・データから過小評価を避けるために、空間線量をバックグラウンドの代替とすることを提案しています。要因の採否について、このような考え方もお示し下さい。
 体における測定をバックグラウンドに採用されるにあたり、体による遮へいの効果をどのようにしてどの程度を見積もられたのか、具体的にお示し下さった上で議論をお願いいたします。
 参考資料2-7(『科学』4月号p.409)には、川俣町の測定値において、甲状腺の測定値の上昇に対応して、バックグラウンドとされた参照値にも0.01〜0.04μSv/h程度の上昇する傾向がみられると指摘されています。この点をどのようにお考えになるか、ご見解を原稿に含めて下さるようお願い申し上げます。これを空間線量のゆらぎに帰するとされるならば、空間線量についての測定者の証言「0.07〜0.08、多くても0.1以下でほぼ一定」(第2回議事録より)をふまえて、0.1以上の参照値をどのようにお考えになるのか、ご見解をお願いします。また、着衣汚染の影響は小さいとされるならば、具体的に計算根拠をお示し下さい。
 なお、この上昇の傾向は、着衣汚染が15日に1歳児100mSv相当の水準であったとした場合でも大きな齟齬はありません(別紙、全員の先生方への手紙2頁目参照)。また、1080人スクリーニングに際してあらかじめ行われた体表面サーベイの基準は1000cpmであり、仮にその程度の汚染があった場合の水準とも大きな齟齬はありません(高めの数値がみられることは、一部にすり抜けがあった可能性を考えることができます)。
 「測定の基本」あるいは「常識」(第2回議事録)といわれる中村委員におかれましては、社会的に重大な影響をもたらす会議でのご発言に、「常識」や「基本」を備えた専門家としてご発言に責任を負いかつ全うされ、定性的・一般的な印象論ではなく、今次事件にそくした具体的・詳細な検討結果を明らかにしていただけるものと期待しております。
 なお、空間線量ではなく甲状腺以外の体での測定値をバックグラウンドにすることが適切であるとすると、本専門家会議第2回資料1-1-2収録の「シンチレーションサーベイメータによる甲状腺線量の簡易測定法」(1080人スクリーニングにおける測定方法指示文書)に記載された、「測定場所のバックグラウンド」は不適切であることになります。中村委員におかれましては、「常識」や「基本」を備えた専門家として全霊をもって修正を働きかけていただきたいと存じますので、その点のご見解も原稿に含めて下さるようお願い申し上げます。
 なお編集部は、事故後の非常に大変な時期に現地でスクリーニングに従事してくださった方々に、心からの感謝の気持ちを捧げます。本来の研究分野とは異なる業務に、あえてその専門的な能力を注いで下さり、バックグラウンドとして空間線量に加えて、できるかぎりのデータをえるために工夫して下さったことに対して、心からの敬意を表します。上述の測定方法指示文書をめぐるお願いは、測定者の方への感謝と敬意とは別の問題であることを念のため申し添えます。
 すでに1月21日付の文書1でお知らせしたように、中村委員からなされた東葛6市に対する2011年7月8日付けの助言が、専門家たる「基本」や「常識」に反するでたらめなものであったこと2に対して、国民から深い怒りの声が寄せられており、中村委員の辞任を求めるつよい声があります。この機会に、東葛6市への助言についてのご説明も含めて述べていただけると幸甚です。
 先の中村委員の発言によって、1080人スクリーニングの数値の意味、その限界や測定誤差が十分に検討されないのであれば、本専門家会議のとりまとめは、国民から信頼されるものとはならないと案じられます。中村委員から国民への説明がないままにとりまとめがおこなわれた場合にも同様に、とりまとめは信頼に値しないとみなされると危惧されます。
 ご検討をどうぞよろしくお願い申し上げます。
                                          敬具
 2014年6月18日



1 『科学』ウェブサイトhttp://www.iwanami.co.jp/kagaku/kagaku20140121.htmlにて公開。

2 前掲脚注のウェブサイトの資料D参照。