巻 頭 言・2000年2月号

 人クローン禁止立法提言の問題点

 クローン羊誕生を契機に1997年秋に科学技術会議に設けられた生命倫理委員会が,1999年12月末に,人のクローン個体作成を法律で禁止すべきだとする提言を出した.だが個体作成を目的にしない,人の細胞核の人や動物の卵への移植実験(クローン胚研究と称する)の是非や規制のあり方は,先送りにされた.科学的に重要で将来性も期待される肝心の部分について,結論が出ていないのである.

 人クローンはなぜ禁止されるのか.ヨーロッパでは,それは許される範囲を越えた生殖技術の一つとみなされる.クローン作りが人の尊厳に反するとされるのは,同じ遺伝子セットの人間を人為的に生み出すというだけでなく,男女の異なる遺伝子セットがランダムに交配されることで成り立つ個人の独自性を損うからである.生殖技術の応用を男女のカップルによる子づくり=有性生殖に限ろうとする政策がその背景にある.どの国も人クローン禁止は,生殖技術全般を管理する法律の中でおこなっている.それに対しアメリカでは,生殖医療についてヨーロッパのような規制法がなく,基本的に個人の自由に委ねられている.独身者や同性愛カップルによる利用も禁止されていない.人クローン禁止についても立法はおこなわれず,連邦の研究予算を支出してはいけないとする大統領命令が当面の措置として続いているだけである.いずれにせよクローン技術の人への応用の是非は,生殖医療や胚の作成・使用研究を包括した人の発生操作全般の管理の文脈の中で検討される.アジアでも韓国や台湾では,生命工学法や生殖医療法の中で人クローンを禁止する立法が検討されている.例えば不妊“治療”の名目でネズミの中で人の精子を作って受精させていいのか,畜産の研究室で人の細胞核を牛の卵に入れて胚を作っていいのか,といった現実の問題に対応するには,そうした広がりでの取組みが不可欠なのだ.

 だが日本では,生殖医療と人の胚や生殖細胞の研究を管理する公的ルールがなにもない中で,人クローンを禁止する単独法が提言された.実現すれば,世界で日本だけの珍しい立法例となる.提言をまとめた審議会では,生殖技術や胚研究を包括的に規制する政策が望ましいとしても,すぐにはできないので,まずは誰も反対しない人クローン禁止を法律にするのが現実的だとする議論がなされた.だがそのような個別的な対応は,行政の縦割り構造によるところが大きい.生殖技術は厚生省,クローン研究は文部省・科学技術庁の管轄とされ,厚生省の審議会ではクローンを議題にできず,科技庁の審議会では生殖医療は議題にできないのが実状だった.省庁間の縄張り分けのせいで,最初から必要な広がりをもった問題設定ができず,立案される政策も個別的なものしか出てきようがない構造になっているのだ.そうした構造を前提とした“現実的”な提言は,取り組むべき課題を積み残す無責任な対応となる.省庁再編で内閣府に移る総合科学技術会議が,各省庁から独立した事務局をもち,国全体として必要な生命科学政策を合理的に策定できるようになることを望む.また審議会に臨む学者も,“現実的”かどうかに惑わされることなく,あるべき政策の筋を主張する役割をきちんと果たすことが求められる.

木勝島次郎(三菱化学生命科学研究所)
ぬで(1文字で木偏に勝)      

*無断転載を禁じます(岩波書店‘科学’編集部:kagaku@iwanami.co.jp).

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