巻 頭 言・2000年7月号

 循環型社会はこれでよいか

 循環型社会は,現代の“buzz word”(キャッチフレーズ)である.その言葉を冠した‘循環型社会形成推進基本法’が先の国会で成立した.基本法以外にも,建設資材や食品残渣のリサイクル法等々が成立し,さながら,“循環”国会の様相を呈した.ダイオキシン問題や処分場による干潟の埋立など環境問題が噴出し,大量廃棄社会の欠陥がこれだけ明らかになるなかで,循環型社会へ移行するための法整備が進むことは,遅きに失したとはいえ,歓迎すべきことであろう.

 しかし,循環型社会とはどのような社会なのか.あるいは,いまいわれている循環型社会は本当に望ましい社会なのだろうか.

 ペットボトルをみてみよう.‘容器包装リサイクル法’に促されて,リサイクルはそれなりに進んでいる.ところが,それをはるかに越えて生産量が拡大しているために,ごみになるペットボトルは,むしろ増加している.“大量廃棄,ぼちぼちリサイクル”の状態である.廃棄物を源から削減する動機づけが,現在の法には働いていない.商品の使い捨てが進み,その使い捨てられた廃棄物をマンパワーやエネルギーを大量投入してリサイクルするのは非効率であるし,もののライフサイクルを通してみた環境負荷も増大しているかもしれない.これではとても,目指すべき循環型社会の方向ということはできない.リサイクルを事業者に義務づけるドイツのシステムは,回収を税金で行なう日本よりは,ごみになりにくい製品づくりへのインセンティブが相対的に強い.それでも,リサイクルは進んだが,ごみの発生抑制は不十分だと指摘されている.廃棄物を元から減らすのは容易なことではない.

 もう一つ,技術の選択問題がある.循環型社会へ向けて新しい技術的基盤が形成されつつある.それぞれの廃棄物に対応したマテリアルリサイクルをはじめ,小は家庭用ごみ処理機から,大は燃料発電やガス化溶融炉までさまざまな技術が実用化されている.各技術は,それぞれの長所と問題点があり,かつ互いに補完的とは限らない.むしろ,競合的な部分が少なくない.だとすれば,どの技術を選ぶべきなのか.ここで問題を複雑にしたのが,ダイオキシン対策を契機としたごみ処理広域化計画の推進である.この計画は,現場では燃焼の適切な管理のために,広域化による炉の大規模化が必要であると受け止められた嫌いがあり,循環型社会の方向性をめぐってとまどいが生まれている.‘容器包装リサイクル法’は,分別収集に住民が参加することを前提にしているのに対して,炉を大型化することになれば,ごみ量を確保するために,むしろ分別はしないほうが望ましいことになりかねない.

 われわれは,循環型社会の迷路に入り込んだようである.やみくもなリサイクルではなく,低環境負荷を志向する循環型社会のスタイルを確立しなければならない.迷路を抜け出るための科学と政策が求められている.

植田和弘(京都大学大学院経済学研究科) 

 

*無断転載を禁じます(岩波書店‘科学’編集部:kagaku@iwanami.co.jp).

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