巻 頭 言・2000年9月号

 変動帯日本で地層処分は可能か

 現在の日本の政策では,原子力発電所の使用済み燃料の再処理で生ずる“高レベル放射性廃棄物(ガラス固化体)”は,地層処分(30〜50年崩壊熱の減少を待ったのち深さ300〜1000m程度の地下に埋め捨て)することになっている.しかし,変動帯の日本列島で,強い放射能を本当に何万年も地下に隔離しておけるのだろうか.

 そもそも地層処分を発想して研究を主導してきたのは,欧米の安定大陸の国々である.アメリカ合衆国では,政治的な理由もあって変動帯に属する地点が唯一の処分場候補地になっているが,日本より変動は穏やかであり,しかも,日本では望むべくもない乾燥気候や低い地下水位が売り物にされている(それでも批判が強い).それらの諸国にくらべて,日本列島の地震活動の激しさや岩盤の破砕度は群を抜いている.また,涵養と流出がともにいちじるしい地下水の複雑な挙動には,未知の点が多い.

 日本における地層処分の技術的信頼性については,昨年11月に核燃料サイクル開発機構が,研究開発の‘第2次取りまとめ’という報告書を原子力委員会に提出し,信頼性が示されたとしている.本年5月には,それを受けた形で,処分実施に向けた法律が成立した.本来なら‘第2次取りまとめ’の客観的なレビューが先にあるべきだが,いま原子力委員会がその“評価”をおこなっていて,処分事業化の技術的拠り所になると結論しようとしている.しかし‘第2次取りまとめ’は,地層処分推進をめざす原子力委員会の専門部会の指針に従って作られたもので,データの選択やモデルなどに恣意的な点が多い.“評価”なるものも,専門部会の指針に沿っているかどうかをみているにすぎない.したがって,‘第2次取りまとめ’と“評価”の信頼性は低く,例えば“地層処分問題研究グループ”の批判レポートの中で高木仁三郎氏は,ガラス固化体の内蔵放射能量を実際的な値に設定すると,発熱量が高くなりすぎて現在の地層処分のシナリオは成り立たないという致命的な問題点を指摘している.

 ‘第2次取りまとめ’は,日本の地質環境を一応は検討している.そして,将来10万年程度にわたって十分に安定で処分場に適した場所が広く存在すると結論している.しかし地震に関しては,“地震=(地表でみえる)活断層の活動だけ”という認識で,活断層がみえなければ大地震はおこらないとしていて,完全に間違いである.地震の本源は地下の断層運動だから,今後10万年間には,地表の活断層とは関係なく,どこで大地震がおこるかわからない.‘第2次取りまとめ’は地震の影響についても過小評価しているが,実際には,断層のズレの直撃,強い揺れ,変形・応力変化という3要因が,地震の近さや規模に応じて処分場に大きな影響を与え,地下水による放射性核種の溶出と人間環境への移動を促進する恐れが強い.日本列島では,10万年経ってみたら地震の影響を受けずに済んだという場所が皆無ではないかもしれないが,事前に安全な処分場を選定することはできない.したがって,地層処分は,未来世代に途方もない迷惑をかける可能性の高い,無責任な賭だといっても過言ではない.

 すでに溜まっている高レベル放射性廃棄物をどうするかは実に深刻な問題だが,地球科学が示す地層処分の困難さは,これ以上の放射性ゴミの排出(原発の運転)が許されないことをはっきりと教えている.

石橋克彦(神戸大学都市安全研究センター) 

 

*無断転載を禁じます(岩波書店‘科学’編集部:kagaku@iwanami.co.jp).

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