巻 頭 言・2005年2月号

奇跡の年から100年

和達三樹
わだち みき 東京大学大学院理学系研究科(物性基礎論・統計力学)

 アインシュタイン(Albert Einstein, 1879〜1955)は,1905年,光量子説にもとづく光電効果の理論,ブラウン運動の理論,特殊相対性理論,を提出した.詳しく言えば,1905年には6篇の論文が執筆され,ブラウン運動と特殊相対性理論にはおのおの第一,第二論文がある.博士論文などで思考準備があったといえ,1年間に3つの大きな発見をするのは,「奇跡」と言わざるを得ない.天才という言葉で結論するのは 簡単すぎるであろう.奇しくも,アインシュタインが敬愛し続けたニュートン(Isaac Newton, 1643〜1727)にも同様なことがあった.1665年6月から18カ月間,ペストの流行により大学が閉鎖されたため帰郷した.その間に光のスペクトル分解,万有引力,微分積分学において新発見または端緒を得たといわれる.
 奇跡の年1905年の三大発見は,物理学のすべての分野と関連している.光量子は量子物理の基本概念であり,光電効果は固体物理,特に,固体における電子状態の解明に用いられる.ブラウン運動は,非平衡統計力学の典型的な課題である.アインシュタインの関係式(粘性係数と拡散係数の関係)は,揺動散逸定理の素晴らしい一例である.特殊相対性理論は,あまりにも有名な公式,E=mc2をふくみ,素粒子・原子核物理のみならず,物理の分野全体の常識となっている.さらに,アインシュタインは,一般相対性理論(1916),重力波(1918),ボース・アインシュタイン統計(1924),ボース凝縮(1925),アインシュタイン・ドジッター宇宙模型(1932),アインシュタイン・ポドルスキー・ローゼンのパラドックス(1935),などの研究を行った.1920年以降は主に,万有引力と電磁気力との統一場理論を構築することを試みた.1921年のノーベル物理学賞が,「理論物理学の諸研究とくに光電効果の法則の発見」に対して与えられたが,あと2〜3のノーベル賞(化学賞を含めて)が授与されたとしても不思議ではない.
 本年2005年は,世界物理年(World Year of Physics)として世界各地での活動が企画されている.国際純粋・応用物理学連合総会(2002年10月)で「世界物理年」が設定され,国際連合総会(2004年6月)で「国際物理年」が採択された.この2005年は明らかに,1905年を意識したものである.物理学は,現在の文化的科学的生活を支える基盤となっている.一方,先進国において物理学を修得する学生は減少傾向で,我が国も例外ではない.また,我が国は科学技術立国を唱えながら,各種調査で明らかなように,国民の科学リテラシーは国際的に低いレベルにある.この世界物理年は,物理学のおもしろさや物理を勉強する楽しさを次世代の若者に伝えるとともに,物理学の果たしている役割を社会に正確に伝えるよい機会であると考える.
 さて,奇跡の年とアインシュタインに話を戻すと,アインシュタインは1人の天才物理学者であったばかりでなく,1つの社会現象でもあった.実際,タイム誌は,1999年12月31日号で,アインシュタインを“A person of the century”とした.この特集では,奇跡の年1905年に何が明らかにされ,その後100年でどのような発展があったのかを振り返る.アインシュタインの提起した問題と夢の現状を知り,これからの物理学を考える機縁としたい.

*無断転載を禁じます(岩波書店『科学』編集部:kagaku@iwanami.co.jp).

目次にもどる

『科学』ホームページへもどる

ご購読の案内はここをクリック


岩波書店ホームページへ