巻 頭 言・2005年5月号
医学医療には,世界共通の問題が多い.その根底には,近年臨床に次々提供されている遺伝子解析などの医学技術がある.それらは新法であるがゆえに,最適活用法が未知で,現場での混乱を招いている.また従来,医療行為は患者一人ひとりにおいて完結したけれども,臓器移植や体外受精など,他人を巻き込む医学技術が登場し,かつての倫理観では対応しがたくなった.
他方では高齢化に伴い,がん,心筋梗塞,脳卒中,高血圧,糖尿病など,老化現象ともいえる病気が増えている.急性疾患と異なり,これらは薬や手術の効果が一見明瞭でない.必然,多人数を集めて比べるランダム化比較対照(くじ引き)試験を行い,新法の効果を確かめることになる.そこで2つの問題が生じる.1つは,かりに試験で効果が見られても,それは統計上の結果であり,「その」患者に効果があるかは不明なことだ.第2には,研究者や(試験のスポンサーである)製薬会社の,効果があってほしいという願いや思惑が,試験実施や結果報告に影響を与える.そのため,新薬の認可後,実は無効だったことが判明し,あるいは副作用・毒性が大きいことがわかっての回収騒ぎがひきもきらない.
加えて日本の医学医療には,独特の暗部がある.その第1は,暗記中心の医学教育,研究重視の大学医局制度,専門医養成制度の実質的不存在などの結果,臨床医の質が劣っていることである.大学を管轄する文部科学省は研究中心の医学を願い,大学病院を管轄する厚生労働省の関心は医療業界の発展とその保護に向いていることも,現状改革を難しくしている.
大学教授など専門家の倫理観も,お粗末極まりない.医療裁判で,なにより公正・中立が求められる鑑定書に,医者をかばうため,自分の論文と矛盾した内容を書く専門家が少なくないのである(http://homepage2.nifty.com/MECON/参照).同様の思考や態度が数多くの薬害問題に蓋をし,解決を遅らせてきた.
そして濫診濫療がある.たとえば,全世界の抗菌薬の4割が日本で使われていたこと,レントゲン検査による国民被ばく線量が英国の5倍と世界最高であることなどはその証左だろう.
日本の医療はどうしてこうなってしまったのだろうか.私見では,医者にも患者にも,そして政治や行政にも,科学的思考や合理的態度が欠けているのが最大の要因である.過去に培われた薬好きな国民性が今日まだ残っているし,薬師という名の無資格医師を許した江戸時代までの歴史が,明治以降にも影響を与え,今日でもきちんとした専門医制度を確立できないでいる.のみならず,第二次世界大戦中には多数の臨時軍医を急造し,戦後その全てに医師免許を与えてしまった.彼らが日本医師会の,医療改革に反対するという横暴を支え,地盤を子女に譲るための金権私立医大を作らせたがために,低質医を拡大再生産する悪循環に陥った.
こういう状況では,日本の医療をすぐ改革できるとは考えにくい.かりに今すぐ大改革に着手しても,市中の低質医がいなくなるまでには半世紀かかる.それゆえ,医療被害を受けないためには,各自自衛するしかない.しかし,各自にその気構えや覚悟はあるのだろうか.たとえば,風邪やインフルエンザで39°Cの熱が出たとき,医学的知見からは,解熱剤も抗菌薬も飲まないのが妥当なのだが,果たして人びとはその境地に到達できるのか.できねば,薬害被害者予備軍に編入されることになる.個々人が科学たる医学にある程度精通しなければならぬゆえんである.
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