96年10月号 今月の‘科学’から

科学者・寺田寅彦(1878〜1935)の全体像
 寺田の時代は古典物理学の受容期であり,同時に物理学の革命期でもあった.寺田が原子物理学という時代の主流から離れ,独自の世界を形作っていく契機は何だったのか.当時の学界の中でどのような役割を果たし,幅広い交友の中でどのように自己を確立したか(江沢洋氏,p.662,高田誠二氏,p.670).
 漱石の死の前後に科学哲学への強い関心を示し,後に‘物理学序説’の執筆を企てるが,物理学をどのように捉えようとしたか(辻哲夫氏,p.679,蔵本由紀氏,p.718).
 現実の問題やなまの現象に取り組む資質に恵まれた寺田(佐藤文隆氏,p.655,木下是雄氏,p.694)は,自然災害などの社会問題に対して科学を道具として役立てようとした(樋口敬二氏,p.688,広井脩氏,p.691).

いま新しい寺田物理学
 形の形成,偶然性,不安定性といった,最近物理学に登場してきた問題を,寺田は手づかみで提出していた.しかし統計現象への関心は物理学として成熟するに至らず(伏見康治氏,p.715),多くの問題はいわば出しっぱなしであった.
 割れ目(佐野雅己氏,p.697),砂丘の風紋形成(西森拓氏,p.709)について,最近の進展を紹介.キリンの斑(まだら)論争(p.759)では,生物の形に対する物理学の有効性が問題になった.現代の非平衡科学はまさに生物の理解をめざしている(佐々真一氏,p.703).

地球現象の物理
 精密天秤のゆれに地球の対流の振動を見るように,寺田は実験室で目についた現象から自然界の普遍的な認識へと至る(木村龍治氏,p.721).
 地震の統計的法則にどのようなメカニズムが隠れているかを考察し,また発光現象や漁獲の変動との相関など隠れた因果に興味をもつ(友田好文氏,p.726).田中館愛橘と行なった地磁気の研究は,間もなく永田武に引き継がれ,地球物理の一つの流れとなる(力武常次氏,p.730).

古典物理学の残照
 古典物理学が確立しはじめた時代には,科学が個人の楽しみで行なわれていた.寺田の仕事にも古典物理学の時代の反映がみられる(戸田盛和氏,p.736,堀源一郎氏,p.742,大山正氏,p.756).
 寺田が学位論文で扱った尺八の気柱振動の問題は,今日では複雑な力学系として研究されている(井戸川徹氏,p.749).

10月施行の新震度システムは大被害の速報に成功をもたらすか
 家屋の倒壊率30%以上が震度7と,被害の出方から求めていた震度が,震度計で計測されるようになる.速報性は高まるが,被害の正確な予測はまだむずかしいだろう.(シリーズ第2回,纐纈一起氏,p.658)

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