『科学』トップページ >

原子力発電に関連する記事一覧

 『科学』の過去の記事から原子力発電に関連する記事の一覧を示します。
(バックナンバーはご注文可能です。こちらをご覧ください。在庫のご確認・ご注文は読者係までご連絡ください。 TEL:03−5210−4111、FAX:03−3263−6999、電子メール:service@iwanami.co.jp)

関連特集号

2007年11月号特集「日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか」(目次へ)(合本『原発と震災』に主な記事を収録)
2009年2月号特集「活断層とは何か――問い直される〈常識〉」(目次へ
2010年2月号特集「プルトニウム科学の現在─何が問われるか」(目次へ
2011年7月号特集「原発のなくし方」(目次へ
2011年9月号特集「科学は誰のためのものか――原発事故後の科学と社会」(目次へ
2011年11月号特集「チェルノブイリの教え」(目次へ
2011年12月号特集「核と原発」(目次へ
2012年1月号特集「リスクの語られ方」(目次へ

記事一覧

○論考・その他特集記事
1997.10 石橋克彦 原発震災──破滅を避けるために(記事特別公開中 pdfはこちら
1999.1 青山道夫・大原利眞・小村和久 動燃東海事故による放射性セシウムの関東平野への広がり(記事特別公開中 pdfはこちら
1999.12 原子力資料情報室 ウラン臨界事故でおこったこと
2000.12 藤村陽・石橋克彦・高木仁三郎 高レベル放射性廃棄物の地層処分はできるかI ──変動帯日本の本質
2005.9 平田光司 日本の原子力開発体制がはらむ問題──任務遂行における探究心 (特集 戦後日本の科学観)
2006.1 川野眞治 原子力における説明責任について (特集 理系の説明責任──何を問うべきか)
2006.12 壇一男 最近の地震から見た原子力発電所の耐震設計における地震動評価について
2007.11 井野博満 “老朽化”原発の課題 (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 吉岡斉 原子力政策の現在を検証する (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 橘川武郎 日本の電力会社の未来 (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 山口幸夫 柏崎刈羽原発の再開ありきを疑う (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 山口裕之 チェルノブイリの取材から (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 小出裕章 再処理がもたらすもの──核燃料サイクルに関連する安全問題2 (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 小林圭二 遠のく高速増殖炉と無意味なプルサーマル──核燃料サイクルに関連する安全問題1 (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 西尾漠 <コラム>原発の電気は誰が使っているのか (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 西尾漠 <コラム>原子力発電の後始末にいくらかかるのか (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 西尾漠 <コラム>軍事利用と平和利用は切り離せるのか (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 西尾漠 <コラム>原発で地球温暖化は防げるのか (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 西尾漠 <コラム>原発がないと電気は足りないのか (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 西尾漠 <コラム>原子力施設は軍事攻撃の目標とならないか (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 長谷川公一 ヨーロッパの政治と原子力─原子力産業の真の狙いとは (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 田中三彦 浜岡原発はなぜ危険か (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 藤村陽 高レベル放射性廃棄物の地層処分問題 (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 伴英幸 データ改ざん・隠蔽事件から考える (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 尾内隆之 だれが原子力政策を決めるのか (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 服部拓也 日本を支えるエネルギー源として (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2007.11 鈴木達治郎 「原子力ルネッサンス」の期待と現実─課題は克服できるか (特集 日本の原発はなぜ〈信頼〉されないのか)
2008.1 鈴木康弘・中田高・渡辺満久 原発耐震安全審査における活断層評価の根本的問題 ─活断層を見逃さないために何が必要か? 
2008.10 小出裕章 原発事故シミュレーション─〈信頼〉の担保 (特集  防災シミュレーション ─予測と検証の科学論)
2009.2 渡辺満久 原子力関連施設周辺における活断層評価への疑問 (特集 活断層とは何か――問い直される〈常識〉)
2009.2 渡辺満久・中田高・鈴木康弘 原子燃料サイクル施設を載せる六ヶ所断層 (特集 活断層とは何か――問い直される〈常識〉)
2009.10 樫本喜一 幻の“原子力安全保障委員会”構想──1958年の坂田昌一と日本学術会議 (日本の原子力黎明期を発掘する:前編)
2009.11 樫本喜一 都市に建つ原子炉 ─日本原子力平和利用史のミッシングリンクが暗示する安全性のジレンマ構造 (日本の原子力黎明期を発掘する:後編)
2009.11 山口幸夫 原子力政策 転換のとき (緊急企画 新政権へ科学者からのメッセージ)
2009.11 石橋克彦 「原発震災」回避が新政権の世界に対する責任(緊急企画 新政権へ科学者からのメッセージ)
2009.11 勝田忠広・尾内隆之 使用済核燃料問題に「乾式中間貯蔵」による転回を ─原子力政策における聡明な選択へ向けて
2010.2 吉岡斉 プルサーマルの論点─軽水炉でのMOX 利用計画を歴史的視点から検証する (特集 プルトニウム科学の現在─何が問われるか)
2010.2 尾内隆之 未来を“かたる”ことばの諸様相─核燃料サイクル政策論のために (特集 プルトニウム科学の現在─何が問われるか)
2010.2 鈴木達治郎 プルトニウム利用をめぐる国際情勢─国際化に向かう核燃料サイクルと日本の選択 (特集 プルトニウム科学の現在─何が問われるか)
2010.2 フランク・フォンヒッペル(翻訳: 田窪雅文) <資料>各国の増殖炉計画の経験と現状からの考察─ IPFM レポートから (特集 プルトニウム科学の現在─何が問われるか)
2010.2 勝田忠広 <資料>日本のプルトニウム需給バランス─現状と将来の分析 (特集 プルトニウム科学の現在─何が問われるか)
2011.5 石橋克彦  福島原発震災:大自然に対する無謀な戦いに敗れた今,最善の戦後処理を急げ
2011.5 上澤千尋 福島第一原発事故の推移と放射能拡散・被曝について
2011.5 田中三彦  福島第一原発の「耐震脆弱性」を注視する──問題は「想定外」の津波より根深い
2011.5 後藤政志  福島第一原発炉心溶融事故──炉心冷却と原子炉格納容器隔離の失敗
2011.6 安斎育郎  原発事故対応の科学性を問う
2011.6 樫本喜一  ICRP勧告の推移と勧告がもつ意味──放射線被ばく防護の原則にかくされた問題点
2011.6 崎山比早子  原発事故と低線量放射線被ばくによる晩発障害
2011.6 上澤千尋  原発事故の推移と放出された長寿命核種への注意
2011.6 勝田忠広  核燃料とその放射性物質──福島第一原発事故に関連して
2011.6 今中哲二・遠藤 暁・菅井益郎・小澤祥司  福島原発事故にともなう飯舘村の放射能汚染調査報告
2011.7 飯田哲也  原発依存社会からの離脱──地域から「第4の革命」を引き起こす (特集 原発のなくし方)
2011.7 上園昌武 脱原発とCO 2排出削減を進めながら経済発展す (特集 原発のなくし方)
2011.7 井野博満 老朽化する原発──特に圧力容器の照射脆化について (特集 原発のなくし方)
2011.7 勝田忠広 使用済核燃料サイト内乾式貯蔵の可能性とその福島事故の影響 (特集 原発のなくし方)
2011.7 清水修二 原子力財政を国民の手に──「利害のシステム」から「理性のシステム」へ (特集 原発のなくし方)
2011.7 黒田光太郎 住民の安全・安心を守るための議論の場とは──柏崎刈羽原発の議論の経験から考える (特集 原発のなくし方)
2011.7 今泉みね子 フクシマがドイツを変えた (特集 原発のなくし方)
2011.7 原科幸彦 発電所と環境アセスメントの不幸な歴史──リスク管理の失敗から学ぶ (特集 原発のなくし方)
2011.7 倉阪秀史 「エネルギー永続地帯」の概念と調査結果について (特集 原発のなくし方)
2011.7 西尾 漠 廃止措置のゆくえ (特集 原発のなくし方)
2011.7 鷲田清一  見えないもの、そして見えているのにだれも見ていないもの(科学時評)
2011.7 崎山比早子 放射性セシウム汚染と子どもの被ばく
2011.7 樫本喜一 リスクのブラックホール: 不可視化されたリスクが露呈した福島原発震災
2011.9 田中三彦 福島第一原発1号機事故・東電シミュレーション解析批判と,地震動による冷却材喪失事故の可能性の検討
2011.9 北澤宏一 エネルギーの神話時代を超えて──卒原子力時代を迎える条件
2011.9 小沼通二 坂田昌一と原子力 (巻頭エッセイ)
2011.10 小山真人 パニック神話に踊らされる人々──福島原発災害にまつわる不当な情報制限(科学時評)

○科学通信など
1998.11 白鳥良香 <フォーラム>原発震災を避けるために ―“知らしむべからず,由らしむべし”からの脱却を 
2001.6 桜井淳 <オピニオン>危機管理下における情報公開の重要性−再臨界停止手順をめぐって
2001.8 伴英幸 <オピニオン>「もんじゅ」の再開はありうるのか
2001.11 清水和彦・宮原要 「高レベル放射性廃棄物の地層処分はできるか」に対して──『地層処分研究開発第2次取りまとめ批判』への見解
2002.2 上澤千尋 <オピニオン>浜岡原子力発電所事故にみる老朽化対策
2002.5 綿貫礼子・吉田由布子 <レポート>核災害地で生まれ育った子どもたち1
2002.6 綿貫礼子・吉田由布子 <レポート>核災害地で生まれ育った子どもたち2
2002.7 上澤千尋 <オピニオン>不十分な原因調査─浜岡原発1号炉での水素爆発事故
2002.9 桜井 淳 <オピニオン>原子力における機械とエンジニアのエージング
2003.5 福武公子 <科学ニュース>「もんじゅ」設置許可処分無効判決の意味するもの
2004.2 伴 英幸 <オピニオン>原発の後処理費用試算の正当性
2005.9 今中哲二 <フォーラム>現代の被曝:低線量放射線被曝とその発ガンリスク
2005.10 上澤千尋 <フォーラム>現代の被曝:原子力の安全性管理の課題──美浜3号炉事故および原発老朽化対策から見えてくるもの
2006.5 今中哲二 <フォーラム>現代の被曝:チェルノブイリ原発事故の「死者の数」と想像力
2006.10 石橋克彦 <科学ニュース>原子力安全委員会・耐震指針検討分科会の委員をなぜ辞任したか
2007.5 石橋克彦 <科学ニュース>混乱を生むだけの高レベル放射性廃棄物処分場の立地調査:東洋町は明白な不適地
2008.8 石橋克彦 <オピニオン>柏崎刈羽原発の新たな基準地震動:内容と審議の大きな欠陥
2009.1 石橋克彦 <オピニオン>著しい過小評価が容認された柏崎刈羽原発の想定地震
2009.4 井野博満 <オピニオン>柏崎刈羽原発7号機は運転再開できるのか
2009.4 山口幸夫 <オピニオン>地元の疑問に答えているか:柏崎刈羽原発7号機の起動・再開問題
2009.4 石橋克彦 <オピニオン>科学を踏みにじった政府の柏崎刈羽原発「耐震偽装」
2010.8 今泉みね子 <コラム>ドイツ環境政策通信: 新政権の「脱・脱原発」
2011.4 伴 英幸 原子力政策大綱改定の審議:何が焦点か
2011.4 資料:『核燃料サイクルの将来──MIT学際的研究(要約版)』より
2011.4 田窪雅文 日本の再処理につきまとう亡霊──六ヶ所方式の「核拡散抵抗性」という認識の怪
2011.7 時枝 正  桁の違ったはなし
2011.8 編集部 原発再稼働の前に事故検証を(PDFダウンロード)
2011.9 戸上昭司 市民による,市民のための放射線測定所
2011.9 鈴木康弘・渡辺満久・中田 高 福島第一原発を襲った津波の高さについての疑問
2011.9 一ノ瀬正樹 低線量被曝問題をめぐる論争──緊急討論会「震災,原発,そして倫理」を開催して
2011.9 今泉みね子 <コラム>ドイツ環境政策通信 歴史的な大転換となるか:再度法制化されたドイツの脱原発
2011.10 小豆川勝見 <コラム>放射線測定の現場から 福島第一原子力発電所から放出された核種と空間線量の関連性

○連載
2000.3〜2000.8 『どうする日本の原子力』
2000.3 原子力資料情報室 臨界事故をひきおこしたもの―原子力における安全性を軽視する構造
2000.3 近藤駿介 原子力開発利用と安全確保の考え方
2000.5 小林圭二 安全はなぜ確保されないか
2000.6 鈴木篤之 技術的選択肢としての原子力開発
2000.6 吉岡 斉 日本のプルトニウム政策のわかりにくさ
2000.7 鈴木達治郎 信頼は回復できるか―原子力産業の現状と課題
2000.7 桜井 淳 経済効率と安全性は両立するのか
2000.8 飛岡利明 原子力の安全と安心をささえる規制のあり方

2007.8〜2007.11 集中連載『原子力発電所の耐震設計審査指針改訂の諸問題』
2007.8 石橋克彦 指針改訂の審議を振り返る
2007.9 石橋克彦 基準地震動を考える(1)および2007年新潟県中越沖地震
2007.11 石橋克彦 基準地震動を考える(2)とまとめ

○書評
2000.4 柳澤桂子 高木仁三郎著『市民科学者として生きる』
2001.6 鎌田慧 高木仁三郎著『原発事故はなぜくりかえすのか』
2003.5 柳田邦男 NHK取材班編『東海村臨界事故 被曝治療83日間の記録』
2007.2 山口幸夫 秋元健治著『核燃料サイクルの闇─イギリス・セラフィールドからの報告』
2009.7 小沼通二 ジェレミー・バーンシュタイン著『プルトニウム─この世で最も危険な元素の物語』

編集部からのメッセージ(3月16日)

◎福島第一原子力発電所ではまさに瀬戸際の対応が続いています。
 本誌ではこれまでに繰り返し、地震と原発の問題を取り上げてきました。この問題は今も解決されているとはいえません。
 しかしさらに、今回の事態は、耐震性の枠を超えていると思われます。
 それは、私たちの社会の、集中した巨大システムに依存する脆弱さであり、また、その巨大システムの安全管理の困難さです。
 現場で被曝しながらも懸命に対応されている作業員の方々の判断と努力に心から敬服しており、事態の収束を心から願っています。
 しかし、全電源喪失はその時点ですでにシステムとして“失敗”なのであり、繰り返し指摘されてきた、炉心冷却への不安と不審が的中してしまいました。被曝する作業員に瀬戸際の作業が強いられる状況は、システムの前提が崩れ去ったことを意味しています。今後、事態が収束したときに、それが作業員の方々の偉大な成功であることは一方で確かであるとしても、“システムの失敗”は決して忘れられてはなりません。そしてまた、失敗していた前提を“起こるはずがない”と許してきた組織の管理責任は、厳しく問われなければなりません。
 古くて耐震性の低い原発は論外です。しかし、それだけではなく、私たちはエネルギーのあり方自体を見つめ直さなければならないのではないでしょうか。

◎最近の“線量”にかかわる報道に非常に不満です。率直に言えば怒りを感じています。
 生物影響は線量で述べられます。たとえば、公衆の年間の被曝限度量は1ミリ・シーベルト、などのようにです。一方で、現在の諸所で発表される数値は単位時間あたりの“線量率”(毎時○○マイクロ・シーベルト、など)です。時間を掛け合わせて線量になるわけです。
 これを単純に、飛行機に乗れば200マイクロ・シーベルトに対して現状は非常に低いのだ、などという説明は、きわめて不適切・不誠実で、大いなる欺瞞があるといわざるを得ません。
 このような説明が成り立つためには、低線量の被曝は人体に蓄積されない、ということを前提にしなくてはなりませんが、それはきわめて疑問です。
 私が見た範囲[注:3月16日午前まで]では、TBSの報道番組で伴英幸氏(原子力資料情報室)が、毎時20マイクロ・シーベルトなら3日ほどで1ミリ・シーベルトになる、と指摘していたのが唯一で、他の報道は、線量率と線量をまったく混同しています。(なお、原子力資料情報室は、独立の民間NPOとして長年にわたり原子力発電をみつめてきた組織で、参考になる情報があります(http://cnic.jp/)。伴氏には、震災前に再処理をめぐる記事を依頼し、次号4月号に掲載します。)
(以上、3月16日13:50記)