7億年前に地球は全球凍結した?

 地球の歴史には,まだまだ多くの謎が残されている.なかでも原生代(25億年〜5.4億年前)の氷河期問題は,多くの研究者の頭を悩ませてきた.約8億〜6億年前にかけて繰り返し氷河期が訪れたことがわかっている.この時代の氷河堆積物は世界各地でみつかっており,当時は赤道地域にまで氷床が広がっていた.いっぽう,氷河堆積物を覆って縞状炭酸塩岩(ドロマイト)が分布している.炭酸塩岩は温暖な環境で堆積したと考えられており,寒冷な氷河堆積物と温暖な炭酸塩岩がペアで堆積していることも問題となってきた.

 1998年,ハーバード大学教授のP.F.HOFFMANは,この時代の氷河期に地球が全球凍結状態に陥ったとする“スノーボール地球仮説”(Snowball Earth Hypothesis)を復活させた(Science, 281, 1342(1998)).彼は,原生代の地層が広く分布するナミビアのオタビ地域の地質調査をおこない,この地域に氷河堆積物が2層準あることを発見した.さらにそれらの上位,下位に堆積している炭酸塩岩の炭素同位体比(堆積当時の海水組成を記録)が,氷河期の前後に−5〜−6‰まで低下していることを発見した.炭素同位体比は氷河期に光合成がほとんど停止するほど生物圏が打撃を受けたことを示唆している.赤道地域まで発達した氷床と生物圏の大打撃をおこすような氷河期は,地球全体が凍結するほど寒冷化したことを意味する.

 このような全球凍結状態から温暖な地球へと回復するには,大気中に現在の400倍に達するような高濃度の二酸化炭素が蓄積する必要がある.氷河堆積物を覆う炭酸塩岩は,氷河期の終わりに蓄積された二酸化炭素が海洋へ溶け込み,炭酸塩岩として急激に沈殿したことを物語っているのではないか.こうした考察をおこない,HOFFMANは,スノーボール地球仮説を打ち出したのだった.

 1999年10月25日から28日にかけてコロラド州デンバーで米国地質学会(Geological Society of America)が開催された.この学会には約5000人の地球科学者が出席し,213のセッションで研究成果が発表された.この中にスノーボール地球仮説をテーマとしたセッションが二つあり,23件の研究発表があった.

 HOFFMAN自身は,ナミビアの調査で急激に炭酸塩岩が堆積したことを示唆する新たな地質学的証拠を示した.全球凍結から回復した浅海域で光合成微生物が大繁殖したこと,全球凍結時に深海では硫酸還元菌による硫酸イオンの消費が進んだこと,硫酸イオンの枯渇と氷床の融解がドロマイトの沈殿を促したことなどが論じられた.日本の全地球史解読のメンバーも研究発表した.名古屋大学を中心とする縞々学グループは,ナミビアの炭酸塩岩の化学柱状図を発表し,酸素同位体比に海水温の変化が記録されている可能性を示した.東京大学の田近英一は,全球凍結状態への遷移過程と回復過程に関するモデリングをおこない,気候状態の遷移の時間スケールを見積りを試みた.

 スノーボール地球仮説は,地球の気候がずっと安定だったとするこれまでの考えを覆すものである.約20年前に登場した恐竜絶滅の天体衝突衝突説以来,久々に熱い議論が始まっている.この問題について,今後本誌でも続報を予定したい(2000年5月号小特集“7億年前に地球は全球凍結状態におちいったか”で実現しました)

*無断転載を禁じます(岩波書店‘科学’編集部:kagaku@iwanami.co.jp).

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