“進化の隣人”大型類人猿の基本的人権

 11月16日から22日(1999年)までの1週間,愛知県犬山市で大型類人猿にかんするSAGA/COE国際シンポジウムが開催された.野生オランウータン研究の第一人者であるビルーテ・ガルディカス(Birut GALDIKAS,書評欄参照)や,ゴリラのココに手話を教えた研究で名高いフランシーヌ・パターソン(Francine PATTERSON)など,生態学・社会学・行動学・心理学・神経科学・分子生物学・化石人類学などのエキスパートが一堂に会して,類人猿の進化と人類の成立をめぐる最新の話題を提供した(山越言氏による科学の目参照).

 そうした研究の成果を一言で要約すれば,“人間と動物”という二分法はもはや意味をなさないということだ.ヒトは動物であり,第5の大型類人猿である.研究成果とともに,二つの点が強調された.第1は,生息域の急速な破壊である.すべての類人猿がCITES(ワシントン条約)で“絶滅の危機に瀕した種”として分類されているが,野生の個体数は各地で激減している.

 第2は,動物福祉である.アメリカ霊長類学会誌の創刊編集者ジョーセフ・アーウィン(Joseph ERWIN)の報告によれば,アメリカ合衆国には現在2750個体の大型類人猿がいる.そのうちの約6割にあたる1603個体が,エイズ,肝炎などの研究のために保有されている医学実験用チンパンジーである.日本には,390個体のチンパンジーがおり,その約3分の1にあたる135個体が,かつて肝炎研究に供されたものとその子孫として製薬会社に保有されており,その将来が危ぶまれている.

 おりしも,ニュージーランドの国会は,大型類人猿に基本的人権の一部を認める立法をおこなった.10月8日に議会を通過した新“動物福祉法”は,たとえヒトの福祉のためであっても大型類人猿を利用することを禁じている.背景の理念として,最近の研究をもとに,ヒト,チンパンジー,ボノボ,ゴリラ,オランウータンの5種は遺伝的に近縁なひとまとまりの“人類”と考える.“大型類人猿”を“ヒト以外の人類”(ノンヒューマン・ホミニド)と呼称して,かれら自身の利益になるものでない限り,かれらを研究や薬品テストのために利用してはならないと明記した(本誌2月号(1999)科学時事“ヒト以外のホミニドに基本的人権を―ニュージーランドで立法化の試み”参照).

 これを受けて,動物の生きる権利を主張する先覚者,プリンストン大学の生命倫理の教授ピーター・シンガー(Peter SINGER)は,“この立法は,ヒト以外の動物の権利を法制化したという点で,ささやかだが偉大な一歩になるだろう”とコメントしている(霊長類研究者,関係者が作っている,電子メールでの情報交換ネットワークAlloprimate:10月16日付).

 類人猿研究のエキスパートが一堂に集った今回のシンポジウムでも,1998年SAGA(“アフリカ・アジアに生きる大型類人猿を支援する集い”というNGOの英文略称)が提案した3原則,(1)野生の暮らしを守る,(2)動物福祉の立場から生活の質を向上させる,(3)侵襲的研究を中止し非侵襲的な科学研究を推進する,を類人猿研究のグローバル・スタンダード(国際基準)とする方向で賛同を得た.進化の隣人たちの将来は,われわれ人間の手に委ねられている.

*無断転載を禁じます(岩波書店‘科学’編集部:kagaku@iwanami.co.jp).

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