新聞やテレビなどのマスコミでも大きく報道されたようにヒト21番染色体の塩基配列が決定された(M. HATTORI et al.: Nature, 405, 311(2000)).全塩基配列が決定された二つ目のヒト染色体が登場したことになる.この染色体を3本もつと特徴的な顔貌と精神遅滞をはじめ種々の症状を呈するダウン症候群がおきる.周知のようにダウン症候群は最も頻度の高い先天異常であり,社会的にも重要な問題となっている.その責任染色体の塩基配列が決定されたために,今回の成果はとくに大きな注目を集めた.
そもそも21番染色体はダウン症候群の原因となるだけでなくアルツハイマー病をはじめいくつもの難病の遺伝子を含んでおり,しかもヒトの染色体の中で最もサイズが小さいことから,ヒトゲノム計画発足当初から多数のグループがその解析に乗り出してきたという経緯がある.しかし最終的にその解析を完遂して高精度の塩基配列決定を完了したのが,わが国の榊佳之(理化学研究所)と清水信義(慶応義塾大学)の2グループとA. ROSENTALらドイツの3グループ,あわせて5グループからなる21番染色体コンソーシアムであった.とくに今回は榊グループだけで全体の半分以上を決定するなど日本側の貢献が大きかった.
さて彼らの成果は‘Nature’誌の5月18日号に掲載されたのだが,それに先立ちこの論文とそれに関する解説記事だけは特別に5月8日に‘Nature’誌のホームページ上で無料で公開されるとすぐ翌日記者会見が開かれた.これは10日からコールドスプリングハーバー研究所(ニューヨーク州ロングアイランド)で開催されるゲノムの国際会議で全世界の研究者を前にその成果を披露したいコンソーシアム側と科学上の重要な発見を世界に向けて最初に発信し続けてきた老舗‘Nature’誌の面子とを両立させるための苦肉の策であったようだ.
さてこの会合では,コンソーシアムを代表して榊とROSENTALがその成果を発表した.今回の塩基配列決定によってダウン症をはじめとする疾患の病因遺伝子解明の確固たる基礎が築かれたわけでその医学的なインパクトはいうまでもない.さらに昨年末に欧米のグループと清水グループとによって解読された22番が遺伝子の多い染色体であったのに対して,21番は遺伝子が少ない(実際に遺伝子の砂漠とでも呼びたくなるような場所までみいだされた!)点でも生物学的に大きな意味があった.なぜならこの両者の解析によって,ゲノムの中のいわば典型的な都会と田舎(?)の風景がスケッチされたことになり,ゲノム全体を考える基盤ができたからである.
実際に彼らは,両地方(染色体)での集計をもとに,ゲノム中の総人口(全遺伝子数)は4万程度という推定を発表し,会場で大きな話題となった.というのもこれまでヒト遺伝子は10万前後と考えられていたからである.これと歩調を合わせるように他のグループからもまったく別の算定根拠で3〜4万という見積もりが発表された.しかし一方でcDNAの解析から総数を十数万と推定するグループもあり,しばらくは議論が続きそうである(S. A. J. R. APARICIO et al.: Nat. Genet., 25, 129(2000)).
ちなみに総遺伝子数は,大腸菌が4300,酵母が6000,線虫が1万9000,ハエが1万3600である.さてあなたははたして4万遺伝子で自分ができ上がっていると思いますか.というわけで早速,欧米の研究機関が胴元(!?)になってヒトの遺伝子総数を当てる賭けがインターネット上で始まっている(http://www.ensembl.org/genesweep.html).賭けに参加する前に,ぜひ次号の榊氏自身による解説に目を通されるようお勧めしたい.
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