学術情報の共有とインターネット


 生物の全遺伝情報を明らかにしようというゲノム計画(ヒト・ゲノム計画のパンフレット:http://www.genome.ad.jp/brochure/japanese/Jcontents.html)は,着実に成果を上げている.昨1996年4月には,酵母の全塩基配列の決定がニュースとなった.その数1200万塩基対.これは,ヒトの全遺伝情報の250分の1であるが,遺伝情報がまるごとわかっている生物としては,これまでで最大のものである.1997年1月には,大腸菌の全塩基配列が決定,公開された.これらの遺伝情報の取得,解析に欠かせないのが計算機ネットワーク=インターネットである.上述の酵母の塩基配列情報もインターネットで公開されている(‘Science’誌http://www.sciencemag.org/science/feature/data/genomebase.shlなど).
 分子生物学分野ではインターネットの利用がたいへんさかんだ.各種のデータベースが,インターネットの発達以前からCD-ROMなどの媒体を使って無償で提供されてきており,近年のインターネット技術の発展によって,データベースの利用がさらに加速されたと考えられる.このきっかけを作ったのは,DDBJ,EMBL,GenBank,PIRなどの生物配列情報のデータバンク活動である.DNAやタンパク質の配列を記録した論文については,雑誌に投稿する時点で配列をデータバンクに登録するしくみが作られている.データバンクは,研究者に無料でデータの提供を求める代わりに,他の研究者のデータと統合させ,無料のデータベースとしてインターネットで公開しているのである.
 既存の学術雑誌も,インターネットにWWWサーバをもちはじめている.学会が主催する雑誌などでは,すべてのページがWWWでみられるようになっているものもある(‘J. of Biological Chemistry’誌:http://www.jbc.stanford.edu/jbc/など).単に,ブームであるからインターネットに移行しているのではない.例えば,分子生物学の論文には,大量・長大な配列は印刷されていない.配列の登録番号が記載され,後で検索できるようになっていさえすれば,印刷物にする必要はないからである.分子生物学に限らず,論文を雑誌に投稿する場合にはページ数という量的制限があり,膨大な実験データを抱える研究には,電子化による論文の量的拡大のニーズが潜在的に存在している.
 また,日進月歩ならぬ時進日歩のごとく競争の激しい研究分野では,研究成果をより迅速に発表することが求められる.さらに,情報の共有という点についても,特定の学術誌に載せるより,ずっと多くの人の目にふれるチャンスがあるに違いない.もちろん,ピアレビュー(同僚評価)などによって,投稿論文の選別をおこなってきた既存の学術雑誌の存在意義を否定するものではないし,インターネットのなかでも,研究者の個別の発信情報を何らかの形でオーソライズする方法の確立は必要であろう.とはいえ,科学論文に関しては,インターネットで公開する方式が広く使われるようになるのは時間の問題だろう(e-Print archive:http://xxx.lanl.gov/などですでにはじまっている).
 インターネットを使用することで,研究論文が紙という媒体に印刷されることなく流通する研究情報の流通革命がおころうとしている.データベースに限らず,さまざまな研究情報をインターネットに置き,一つの巨大なデータベースとして共有する時代がきたのだ.

*無断転載を禁じます(岩波書店‘科学’編集部:kagaku@iwanami.co.jp).

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