日本では1980年代以降も不妊手術が強制されていた

 8月末,新聞各紙は“スウェーデンで強制不妊手術”とセンセーショナルに報じた.1935〜76年に計6万人に対して強制的に不妊手術が実施されたという.福祉政策の優等生が遂行してきた非人道的行為として,このニュースは衝撃をもって迎えられた.その後,他の欧米諸国でも知的障害者などを対象に,同様の措置がおこなわれていたことがあいついで明るみに出た.実は,優生政策はナチス・ドイツの専売特許ではなく,その他の国々にも強制不妊手術とそれを合法化する断種法が存在していたことは,専門家や関係者には周知の事実である.今回はスウェーデンの有力日刊紙の連載記事が発端となり,通信社経由でその内容が配信された結果,多くの一般読者の知るところとなった.

 ところで,日本での一連の報道では“福祉国家の犯罪”という側面が強調され,対岸の火事といった趣であった.だが,わが国も例外ではない.強制不妊手術を定めた優生保護法が,つい昨年まで施行されていたのである.当初は外電中心であったためか,記事ではこの事実がまったく無視されていた.昨年6月,優生保護法の優生条項が削除されて母体保護法に改正された際,同じ新聞で“優生保護法はナチス断種法をモデルとした戦前の国民優生法がもとになっている”と解説されていたにもかかわらず,である.

 優生保護法の第1条には“この法律は,優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに,母性の生命健康を保護することを目的とする”とあった.第4条には同法で定めた特定の“遺伝性”疾患(“顕著な性欲異常”といった時代錯誤的項目も含む)を対象に,“公益上必要”ならば優生保護審査会の判断に基づき手術する規定がある.典型的な“強制断種”である.手術件数は計1万4611件(1949〜89年),1950年代が最も多くピークは1955年の1260件であった.80年代にも計75件実施されている.また第12条には,精神病患者や知的障害者の不妊手術を,“保護義務者”の同意のもとに優生保護審査会の審査を経ておこなえるようになっていた.こちらは計1909件(1952〜92年).これら本人の同意を伴わない不妊手術は,合計1万6520件にのぼる.

 さらに,ハンセン病患者は本人の同意を前提としていたものの,事実上強制的な不妊手術の対象となってきた.手術件数は計1552件(1949〜92年).昨年3月のらい予防法廃止の際,優生保護法下の不妊手術によってハンセン病患者が身体的・精神的苦痛を受けたことに対し,厚生大臣が国会で陳謝している.なお,各年の手術数は,政府刊行物として販売されている‘優生保護統計報告’で公開されている.

 スウェーデン政府は今回の批判をうけて,被害者の国家賠償も射程に入れた強制手術の実態調査を決定した.日本では優生保護法下での人権侵害の実態はまったく闇の中である上に,女性障害者に対する違法な子宮摘出問題もある.日本政府や市民団体の動向が注目される.

*無断転載を禁じます(岩波書店‘科学’編集部:kagaku@iwanami.co.jp).

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