感染症予防・医療法案は予防偏重で,
 人権侵害の恐れあり?

 19世紀末(1897年)に制定された伝染病予防法が,100年ぶりに改正される.旧法は感染症の治療法が確立していない時代に作られたため,患者の隔離等,人権侵害を犯しても,社会防衛を推し進めることを趣旨としていた.第二次大戦後の連合軍占領下で,患者の人権に配慮した性病予防法(1948年)と結核予防法(1951年)が制定され,講和会議以降に,社会防衛を趣旨とした“らい予防法”(1953年,廃止は96年)とエイズ予防法(1989年)が制定された.今回の改正は,新興感染症に対応すべく,現行の伝染病予防法,性病予防法,エイズ予防法を廃止し,感染症予防・医療法に一本化するものである.

 感染症の法律は,世界の公衆衛生法規でも,人権擁護と疾病予防・社会防衛のバランスをめぐり,議論がなされている.わが国の法案も,賛否両論が展開されている.例えば,公衆衛生審議会の伝染病予防部会に設けられた基本問題小委員会で1年3カ月議論された報告書(1997年12月)では,人権と社会予防のバランスが法案の基本的視点とされていたのが,1998年2月の法案要綱(厚生省は当初,予防法で提出,後に,社会保障制度審議会で予防・医療法に修正)になる段階で,より社会防衛に重点が移された.細菌学の専門家(竹田美文・国立国際医療センター研究所長ら)は,人権にも配慮したと述べているが,光石忠敬(弁護士),大熊由紀子(朝日新聞論説委員)らの,他の審議会委員からは“報告書と法案が断絶している,がく然とした”という上申書が提出され,東京HIV訴訟原告弁護団や日本弁護士連合会からも,法案に新たな人権侵害の危険性があると批判がおきている.

 法案には,“人権に配慮”(2条)という表現があるだけで,“人権の尊重”が避けられており,憲法違反,国際人権自由規約違反という指摘もある.都道府県知事に,感染に疑いのあるものに対する強制的な健康診断(17条),就業制限(18条),入院(19条と20条,72時間,10日間,以後,10日間ごとに延長可能),交通の制限・遮断(33条)等の広範囲な権限が与えられている.

 新感染症予防・医療法は,その制定過程で,基本指針で“健康と人権”をしっかりと押さえ,感染症対策・予防に取り組めば,審議会委員や弁護団から指摘される人権侵害を防げる法案となったはずである.100年先を見据えた法案として,住民・市民の立場に立った法案の再検討が求められる.

*無断転載を禁じます(岩波書店‘科学’編集部:kagaku@iwanami.co.jp).

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