HCBもダイオキシン類?

 ヘキサクロロベンゼン(HCB,別名パークロロベンゼン)がダイオキシン様の毒性をもち,母乳中に多く残留しているので注意が必要という論文が発表された(P. Angelique J. M. VAN BIRGEREN : Environmental Health Perspectives, 106, 683(1998)).この物質は1970年代に諸外国で殺菌剤として使われていた.日本では農薬登録されたことはないが,環境汚染,人体汚染がともに報告されている.工業用に,“除草剤PCP製造原料,ゴムの素練促進剤,衣料の防炎加工剤,ポリ塩化ビニールの可塑剤等として使用され”てきたためで,“塩素系化合物の製造過程で生ずるプロセス廃棄物中,廃棄物焼却場から,そして農薬の不純物として”環境中に排出される.“農薬のPCP,PCNB,TCTPには,0.4から9.1%のHCBが検出されている”という.“1979年に化審法によって,‘特定化学物質’に指定され,製造・販売・使用が禁止された”けれども,まだ残留して移動・蓄積を繰り返しているものと思われる(植村振作ほか編著:農薬毒性の事典,三省堂(1991)).

 ダイオキシン類は,Ahレセプターに結合して作用をおこすので,この結合による酵素誘導レベルを測定することによって毒性の強さを2, 3, 7, 8-四塩化ダイオキシンに対する相対係数(TEF)で表わす.Ahレセプターに結合し,かつ影響としてダイオキシン類似のエンドポイント(症状)がある場合はTEFを決めることができる.HCBはラットなどの動物実験で発がん性(肝臓,甲状腺,膵臓,副甲状腺など)があり,最大無作用量(NOEL)は0.38および0.29mg/kg/日と報告されている.また発がん性以外の生物毒性のNOELは0.05〜0.07 mg/kg/日であり,犬,ミンクについて影響を示す最小用量(LOEL)は0.1〜0.7mg/kg/日であった.これらは,Ahレセプターを介したダイオキシン様の作用と考えられる.HCBのAhレセプター結合力,EROD誘導,尿中ウロポルフィリン蓄積はダイオキシン(TCDD)を1として0.00006〜0.0002の範囲に入った.そこで仮にTEFを0.0001としてさまざまな国の母乳中のHCB濃度にこの値を掛けてTEQ値に換算するとダイオキシンに匹敵するか,それ以上になることが示されている.日本の母乳についても一例引用されていて,TCDDが30.8 pg/g(脂肪)であるのに対してHCBは3.0 pg/g(脂肪)と換算されることが示されている.

 日本の環境中のダイオキシンとの比較として,大気中濃度に着目してみた.1994年度の報告によると,1.1〜3.5ng/m3 が測定したうちの33%の地点で検出されている(環境庁環境保健部環境安全課:化学物質と環境,日本環境協会(1996)).ダイオキシンのバックグラウンド濃度は0.06 pg/m3,都市部の濃度が0.5〜0.6 pg/m3,環境指針値が0.8 pg/m3 であるので(ダイオキシンリスク評価検討会:ダイオキシンリスク評価検討会報告,環境庁(1997)),HCBは4桁から5桁多く,TEFが0.0001であったとしてもその相対リスクは大きいことがわかる.

 魚について比較すると,HCBは1978年度ではほぼ100%の魚に入っていて濃度範囲は0.2〜13ng/g(ppb)である(環境庁環境保健部環境安全課:化学物質と環境,日本環境協会(1996)).ダイオキシンは0.2〜0.3pg/gである(ダイオキシンリスク評価検討会報告(1997)).魚でも3桁から4桁HCBが多い.(HCBは環境モニタリング値,ダイオキシンは食品分析値という違いがあるが)日本人の場合,ダイオキシンで推定されたように,脂溶性化学物質の約50%を魚から摂取していると考えられるので注意が必要である.

 製造,販売,使用を法律で禁止しても安心できないという警告がまた一つ付け加わった.

 

*無断転載を禁じます(岩波書店‘科学’編集部:kagaku@iwanami.co.jp).

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