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この本の第I部では,人生の多くの時間を祝宴や観劇,狩猟や恋愛に費やし,肝心の政治を寵臣に任せきったフェリペ四世の放埒な人生を描いたつもりである.スペイン史の概説をのぞけば,一般的な世界史の参考書や研究書には,この国王にまつわる歴史的事件はわずかしか,あるいは場合によってはほとんど出てこない.では,フェリペ四世とは政治的能力に欠け,意志薄弱な国王という理由で,言及するに値しない国王なのだろうか.確かに,祖父にあたるフェリペ二世や,曾祖父にあたるカルロス五世にくらべると,広大なスペイン帝国の舵取り役としてはあまりにも頼りなく迫力に欠ける.しかし,スペイン黄金世紀の文芸(特に文学や美術)の発展に寄与した貢献度となると,前者の二人とはくらべものにならないくらい大きい.なぜなら,こうした芸術に関しては国王の目が非常に肥えていたからである.
こうした国王の人生を描きながら,筆者がもっとも心をひかれた点はといえば,バロックのテーマの一つでもある「人生の儚さ」という概念である.これは17世紀のスペインにかぎらず,人間年をとると(とらなくても?),普通一度は考えてみる事柄だからであろう.この時代の文学作品の中に「ドン・フアン」をテーマとした劇(『セビーリャの色事師』)があるが,このいなせな主人公ドン・フアンは,自分はまだ若いのだから死ぬ間際に懺悔するのはまだ先のことだと考え,反省することなく勝手気ままに人をたぶらかし,あげくの果てに地獄堕ちとなる.フェリペ四世が地獄堕ちになったかどうかは知らないが,「反省する」とは口ばかりで,身体がいうことを利かなくなるまで放埒な生活を繰り返し,スペイン帝国を悲惨な状況に追い込んだうえ,他国の餌食としてしまった人であることは間違いない.今さらいうまでもないが,一国の主がこのような自堕落な生き様を繰り返せば,その付けはかならず国民にまわってくるのだというよい見本であろう.
なお第II部では,当時のスペイン帝国についておもに歴史的・社会的観点から描いてみたので,第I部で述べたフェリペ四世の宮廷生活との懸隔が浮き彫りにされるはずである.筆者としては書きながら楽しめた本である.(佐竹謙一) |
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佐竹謙一先生は,1949年金沢市生まれ.
米国イリノイ大学大学院博士課程修了(Ph. D.),現在は 南山大学外国語学部の教授です.ご専攻はスペイン古典文学.この分野では現在日本でもっとも充実したお仕事をなさっています.ご著書には,『スペイン黄金世紀の大衆演劇 ロペ・デ・ベーガ,
ティルソ・デ・モリーナ, カルデロン』(三省堂, 2001年),『世界は劇場/人生は夢』(共著, 水声社, 2001年)など,また翻訳のお仕事には,カルデロン・デ・ラ・バルカ『驚異の魔術師ほか一篇』(平凡社ライブラリー,
1997年),カルデロン他『バロック演劇名作集』(共訳, 国書刊行会, 1994年),『現代スペイン演劇選集』(水声社, 1994年)などがあります. |
はじめに
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王子の誕生と教育/王子の理想像/結婚,そして王位継承へ/寵臣オリバーレスと王家の人々 |
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祝宴につぐ祝宴/王宮での日々/芝居を楽しむ/17世紀式闘牛,マヨール広場にて/《狩猟をするフェリペ四世》/宮廷式求愛/宮廷画家ベラスケスと絵画コレクター/宮廷のおどけ者たち |
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スキャンダルの始まり/女優〈ラ・カルデローナ〉との恋の戯れ/女子修道院に忍び込む/賢夫人イサベル王妃/ライバルは「ドン・フアン」/伯爵暗殺 |
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マントヴァ継承戦争とネーデルラント/カタルーニャとポルトガルの反乱/寵臣オリバーレスの失脚/権力の後継者ルイス・メンデス・デ・アーロ/イサベル王妃とバルタサール・カルロスの死/跡継ぎが生まれない!/「大地の息子」フアン・ホセ・デ・アウストリア以後 |
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神秘家マリア・コロネル/「余に天罰を!」/魂の国からのアドバイス |
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苦悩の晩年と国王の死/ハプスブルク家からブルボン家へ |
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ハプスブルク・スペインのかたち/人々の生活とカトリック教会/異端審問と「アウト・デ・フェ」/黄金世紀,百花繚乱 |
《注》,あとがき,主要参考文献,人名索引
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カバーに複製されている絵は,ベラスケスによる数ある「フェリペ四世像」のうちの一つ.青ざめた顔,突き出た下あごなど,いかにもひ弱で,頼りなさそうですね.こうした容貌は同族結婚を繰り返したハプスブルク家の特徴で,画中のフェリペ四世が手にしているのは,宮廷画家ベラスケスが国王に宛てた手紙です.政治的には無能だけれども,希代の美術コレクターの国王フェリペに掘り出し物の美術品を早く買い付けるように要請でもしているのでしょうか.文化的に爛熟したスペイン帝国の様子が窺い知れる図像です.
さて,フェリペ四世の生きた時代は,かつてのスペイン帝国の栄光も露と消え,人びとの目のまえにあるのは厭世観やメランコリーに満ちた過酷な人生そのものでした.まさに国家全体が疲弊しきった時代で,モラルの低下も著しく,とくに上流階級の人々の生き様は不羈奔放なものであったといわれています.なかでも国王フェリペの色狂いは有名で,年齢を積むたびに女たらしの常習犯と化していった彼の愛の冒険にまつわるたくさんのエピソードが,巷間の俗説となって後世に残されています.
著者の佐竹先生は,この「浮気な国王の宮廷生活」を梃子にして,ヨーロッパきっての名家ハプスブルク家がスペインに君臨した17世紀スペインの,華々しくも憂鬱な時代の風景を見事に映しとられました.肩肘張った学術的な歴史書ではなく,テーマのせいか(!?)とても読みやすい「歴史よみもの」に仕上がっています.歴史に興味のある方に限らず,「この本,なんとなく面白そう」と思った皆様,是非ご一読ください(〈(_
_)〉).
【編集部 入谷芳孝】 |
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