ヨーロッパ・コーリング

地べたからのポリティカル・レポート

日本と同様,深刻な格差の拡大に直面する欧州に,いま,新たな政治の風が吹いている.在英20年のライターが綴る,話題の時評.

ヨーロッパ・コーリング
著者 ブレイディ みかこ
ジャンル 書籍 > 単行本 > 社会
刊行日 2016/06/22
ISBN 9784000023993
Cコード 0036
体裁 四六 ・ 300頁
在庫 品切れ
社会保障の削減.貧困の拡大.緊縮政策によって未来を奪われる若者や労働者たち.日本と同様の問題に直面する欧州にあって,英国やスペインでは新たな求心力を持った左派が支持を集め,大きなうねりをまきおこしている.在英20年のライターが,いま欧州に吹く風を日本に届けるべく,熱い思いとクールな筆致で綴った話題の政治時評.


■著者からのメッセージ
 欧州に新たな風が吹いている.それはEUによる緊縮財政の強制に「NO」を叩きつけたギリシャの市民一揆に始まり,英国では「時代遅れのマルクス主義の爺さん」と笑われたジェレミー・コービンが労働党党首になり,スペインでは市民運動から生まれたポデモスが結党2年目で第三政党に躍り出た.独立投票で世界を騒がせたSNP(スコットランド国民党)も,ナショナリストと呼ばれるわりには政策は社会民主主義である.
 難民問題で右傾化していると言われる欧州では,実のところ左派が猛烈な勢いで台頭している.それは「与党も野党も大差なし」と醒めていた人々に,いまとは違う道は存在することを示す政治家たちが登場したからだ.彼らは,勝てる左派だ.勝てない理由を真摯に受け止め,あらためて,敗けるというお馴染みの場所でまどろむことを拒否した左派だ.この欧州に吹く風が,地球の反対側にも届くことを祈りながら本書をぶち投げたい.
Europe calling to the faraway towns…
ブレイディみかこ

■二刷りによせて
 ありがたいことに二刷を出していただけることになったのだが、欧州政治は激動しすぎて、一刷が出てから現在までの数日間に英国のEU離脱が決まり、キャメロン首相は一〇月までに退任、スコットランドは独自にEUに残留すると言い出し、労働党のコービン党首は退任を迫られ、労働党議員たちが賛成一七二反対四〇の大差で不信任動議を可決した。
 「いい加減にやめろ」
 六月二九日のPMQ(首相への国会質疑)で、キャメロンはコービンに向かってこう言った。キャメロンとコービンはEU離脱投票ではともに残留派として同じ陣営で戦った。だが、あてにしていた労働党支持者たちの多くが離脱派に走り、その結果敗北して退任に追い込まれたキャメロンは、自らの党の支持者を説得できなかったコービンに猛烈な苛立ちを感じていたのだろう。後半はもう「役立たず」と言わんばかりの蔑み方だった。いやはやもう、英国議会に品格などというものを求めてはいけない。
 全国にテレビ中継されている場で笑い者にされ、自分の背後に座った労働党議員たちからも応援されるどころかしーんと沈黙され、それでもコービンは辞めると言わない。議会の外では、コービンの支持者たちが、彼を辞めさせようと画策する議員たちに対し抗議運動を行っている。組合も続々とコービン支持の意向を発表した。労働党議員たちが可決した不信任動議には拘束力はない。再び党首選挙が行われることになっても、多くの党員はコービンをまだ支持しているので、コービンが再び選ばれる公算が高いと言われている。最終的には議員より党員のほうが圧倒的に数が多いからだ。このしぶとさはなんだろう。いつまでコービンの気概が続くかわからないが、彼が辞任しない限り、労働党は右派と左派に分裂する可能性が高くなってきた。そうなれば英国でも二大政党制が完全に崩壊することになる。
 英国のEU離脱投票には様々な利権や感情、理念、立ち位置などが複雑に絡み合い、味方のはずだった者が敵になり、敵の敵が味方になったりして、もうわけのわからない混沌とした濁流が最終的に離脱へと流れ着いた。が、それでもデータが事実として示しているのは、ミドルクラスの人々の多くが残留に入れ、労働者階級は離脱に入れたということである。また、高齢者の多くは離脱に、若年層の多くは残留に入れており(しかし若年層の投票率は三〇%台だったという資料もあり、投票の鍵を握っていたはずの世代が実は投票に行っていなかったことが浮き彫りになった)、やはりキーワードは「上」と「下」だ。また、ロンドン周辺のリッチな南部が残留、労働者階級が多い中部と北部が離脱という結果は、イングランド版南北問題を色濃く露呈している。
 これは労働党内も同じことだ。コービンに「頼むからやめてくれ」と言う議員たちと、「彼以外の党首はいらない」と言う末端の党員たち。上と下で言っていることがまったく違うのである。
 これまで、ある程度秩序が保たれていた世界では、下は上の言うことを聞いてきた。だが、その制御がもうきかなくなっている。それは上側に下側を納得させる能力がなくなったのか、下側があまりに怒りすぎているのか、もうお互いがお互いのことを全く理解できなくなっているのか、とにかくもう下側が上側の言うことを全然聞いていない。
 労働党の内紛、世代間対立、階級闘争の激化、ヘイトクライムの増加、予想される保守党右派政権によるさらなる緊縮。EU離脱で英国に分裂とカオスの時代がやってきた。英国だけではない。英国の離脱でEUの枠組そのものも混乱し始めている。このしっちゃかめっちゃかなクライシスが世の終わりを意味するのか、あるいは何か新たなものが生まれる前兆なのか、それはわからない。
英国のEU離脱が決定した朝、近所のおじさんはわたしにこう言った。
 「俺たちは沈む。そしてまた浮き上がる」

 一方で六月二六日にはスペインで総選挙のやり直しも行われ、今回はポデモスが第二政党に躍り出ると言われていたが、結局は昨年末の選挙とほぼ同じ結果になり、となると、またもや政権樹立のために連立交渉が必要となり、難航する可能性もある。昨年末の総選挙から半年間、実質的に無政府状態だったスペインが、またしばらく文字通りのアナキーになるのだ。が、内戦が勃発したとも国内が荒廃しきっているとも聞いていないし、ふつうに国が回って行っているのかと思えば、「いったい政府というやつは必要なのか?」という新たな地平の問いすら生まれてくる。
 激動の欧州は単に迷走しているのか、それとも今が産みの苦しみの時期なのか。
 ニュースキャスターが番組の最後にとばしたジョークが現在のムードを象徴していると思う。
 「おやすみなさい。明日はどうなっているか誰にもわかりません」
2016年7月

本書カバーの元写真
The Flower Thrower by Banksy Photo by @mayumine パレスチナにて
http://www.roomie.jp/2013/05/72180/

■編集部からのメッセージ
 社会保障の削減,貧困の拡大,緊縮政策によって未来を奪われる若者や労働者たち.日本と同様の問題に直面するヨーロッパにあって,英国では労働党のコービンが,スペインではポデモスのイグレシアスが,多くの市民の支持を集め,うねりをまきおこしています.
 本書は,今,この日本社会に向き合う上で,ものさしとなる視座を与えてくれる,ヨーロッパ現地からの報告です.在英20年の,今,注目のライター,ブレイディみかこさんによる話題の政治時評――反響を呼んだ「海辺のジハーディスト」,「元人質が語る「ISが空爆より怖がるもの」」を含む約2年分のYahoo!ニュース個人の記事と同時期に書かれた論考を,補筆の上,収録します. 熱い思いを宿したクールな筆致,課題を浮き彫りにするシャープな言葉が,胸に迫ります.さぁ,われわれは,どうする?
 I

こどもの貧困とスーパープア
格差社会であることが国にもたらすコスト
ハラール肉と排外ヒステリア
アンチ・ホームレス建築の非人道性
アンチ・ホームレスの鋲が続々と撤去へ
BBCが外注者にする質問――「あなたはゲイ?」「ご両親は生活保護受給者?」
貧者用ドアとエコノミック・アパルトヘイト
餓死する人が出た社会,英国編
英国式『マネーの虎』で失業率を下げる方法
スコットランド狂想曲――経済とスピリットはどちらが重いのか
スコットランド狂想曲2――市民的ナショナリズムと民族的ナショナリズム
海辺のジハーディスト
地べたから見たグローバリズム――英国人がサンドウィッチを作らなくなる日
風刺とデモクラシー――今こそ「スピッティング・イメージ・ジャパン」の復活を
トリクルアウトの経済――売られゆくロンドンとディケンズの魂
アンチ・グローバリズム・イン・ザ・UK――スコットランドが示した新たな道


 II

政治を変えるのはワーキングクラスの女たち
英国が身代金を払わない理由
フェミニズムとIS問題
労働者階級のこどもは芸能人にもサッカー選手にもなれない時代
人気取りの政治と信念の政治
スコットランドの逆襲
固定する教育格差――「素晴らしき英国の成人教育」の終焉
「左派のサッチャー」がスコットランドから誕生?
国の右傾化を止めるのは女たち
英国総選挙の陰の主役,スコットランドが燃えている
英国選挙結果を地べたから分析する――やっぱり鍵はナショナリズム
住民投票と国民投票――国の未来は誰が決めるのか
「勝てる左派」と「勝てない左派」
右翼はLGBTパレードに参加してはいけないのか
スコットランド女性首相,現地版ネトウヨの一掃を宣言
ギリシャ危機は借金問題ではない.階級政治だ
ギリシャ国民投票――六人の経済学者たちは「賛成」か「反対」か
ユーロ圏危機とギリシャ――マーガレット・サッチャーの予言
英国政治に嵐の予兆?――「ミスター・マルキスト」が労働党党首候補№1に
英労働党党首候補コービン,原爆70年忌に核兵器廃絶を訴える
英国で感じた戦後70年――「謝罪」の先にあるもの
欧州の移民危機――「人道主義」と「緊縮」のミスマッチ
英労働党に反緊縮派党首が誕生――次はスペイン総選挙だ
再び暴動の足音? ロンドンがきな臭くなってきた
左翼が大政党を率いるのはムリなのか?――ジェレミー・コービンの苦悩
ロンドン市長「移民を受け入れないと日本のように経済停滞する」
保守が品格を失うとき――ジェレミー・コービンが炙りだすエリートの悪意
パリ同時多発テロ――レトリックと復讐.その反復の泥沼
元人質が語る「ISが空爆より怖がるもの」
右も左も空爆に反対するとき――キャメロンの戦争とブレアの戦争
仏選挙で極右が圧勝.でも英国はジェレミー・コービン労働党が白星
スペイン総選挙でポデモス躍進――欧州政治に「フォースの覚醒」
左派はなぜケルンの集団性的暴行について語らないのか


 III

米と薔薇――新自由主義の成れの果ての光景
民主主義ってコレなのか?――ポデモスが直面する現実

 あとがき
ブレイディみかこ
1965年,福岡県福岡市生まれ.1996年から英国ブライトン在住.保育士,ライター.著書に『花の命はノー・フューチャー』(碧天舎),ele-king連載中の同名コラムから生まれた『アナキズム・イン・ザ・UK ――壊れた英国とパンク保育士奮闘記』(Pヴァイン),『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(Pヴァイン)がある.
The Brady Blog http://blog.livedoor.jp/mikako0607jp/
Yahoo!ニュース個人 ブレイディみかこ http://bylines.news.yahoo.co.jp/bradymikako/
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