日本はなぜ核を手放せないのか

「非核」の死角

広島・長崎から福島.被爆と被ばくを経験した日本で,いまだ核武装の幻影を追う日米支配層の真相を問う.

日本はなぜ核を手放せないのか
著者 太田 昌克
ジャンル 書籍 > 単行本 > 社会
刊行日 2015/09/15
ISBN 9784000063036
Cコード 0036
体裁 四六 ・ 並製 ・ カバー ・ 198頁
定価 1,980円
在庫 在庫僅少
広島・長崎の原爆投下から70年.日本は核保有とは決別し,「平和利用」に徹したはずだった.しかし,311の原発事故を受け,その虚構性が明らかになる.一方,核や原子力をめぐる日米支配層の危険な思惑が,新資料や新証言によって如実になる.「非核」を妨げているものは何か.過去5年におよぶ取材と調査が語る歴史の真相.


■編集部からのメッセージ
 311の東京電力福島第一原発の事故については,廃炉は決まったもののいまだに事故の原因がはっきりせず,溶け落ちた核燃料もどこにあるのかわかっていない.そして何より,事故から5年になろうとしている現在も,なお10万人におよぶ人々が自宅を追われ,避難を余儀なくされている.
 にもかかわらず,鹿児島にある九州電力の川内原発は再稼働に踏み切った.なぜか.なぜそこまで急ぐのか.
 電力の安定供給だとか,日本のエネルギー政策の一環としてというのは本当だろうか.それが,表向きの言葉でしかないことが本書に収録されている数々の証言から明らかになるだろう.
 そもそも使用済みの核燃料の処分が決まっていないで,事業が進むということは本来ありえない話だ.建造物から出るゴミや産業廃棄物・汚物の最終処理が何も決まらずに事業が進行するという,通常ではありえない話に加えて,その未処理の影響が何万年にもわたり,その被害の規模も,掛かる費用の規模もすべて推測の域を出ないというのが実態だ.そんなあってはならない原発事業に,そこまでの前のめりになるのは,何らかの理由があってのことにちがいない.
 じつは,原発と核兵器はどちらも原子力エネルギーの産物.その言葉を微妙に使い分け,前者は「平和利用」,後者は「戦争利用」というイメージ作りに邁進してきたのが,戦後の日米支配層の歩みだ.その真相を知ることから,「我々の一歩」が踏み出される.
***

 著者は福島原発の事故後,すぐにこの問題に取り組み,ほぼ5年におよぶ関係者への取材や調査から,核や原子力をめぐって日米支配層の隠された思惑を浮かび上がらせてきた.教科書には書かれていない誰もが知るべき現代史でもある.
第1章 沖縄と核兵器
キューバ危機と「核の島」/発射寸前だった核ミサイル/二重基準で持ち込み黙認/核カードで国益最大化

第2章 「非核」の原型
望むなら日本に核を/想定外,動揺した核大国/核実験容認の被爆国/アカの風評/標的「ニッポン」/パニック回避の舞台裏

第3章 日米密約再訪
揺らぐ定説/束縛恐れた米国/集団的自衛権と密約/信念の宰相

第4章 原発導入の源流
「原子の火」で同盟管理/「平和利用」で核ならし/裏切られた自主性/原発回帰の死角

第5章 「平和利用」の裏面史
抑止論の底流/核を求めた被爆国/官民一体で「平等」追求/潔白訴える「優等生」

第6章 被爆と被ばく
優先された軍の論理/リスクの空白/線量逆算の落とし穴/残った真空

第7章 核と日本人
核武装論の幻影/被爆国の「特権」/拒否権手放さぬ盟主/戦後七〇年の岐路―あとがきに代えて
太田昌克(おおた まさかつ)
1968年富山県生まれ.早稲田大学政治経済学部卒,政策研究大学院大学博士課程修了,博士(政策研究).92年共同通信社入社後,広島支局,大阪社会部,高松支局,政治部,外信部,ワシントン支局を経て,現在は共同通信編集委員.1999~2000年米メリーランド大学にリサーチ・フェローとしてフルブライト留学.2006年度ボーン・上田記念国際記者賞,09年平和・協同ジャーナリスト基金賞を受賞.
著書に,『日米〈核〉同盟』(岩波新書),『731 免責の系譜』『盟約の闇』(以上,日本評論社),『アトミック・ゴースト』『秘録 核スクープの裏側』(以上,講談社),『日米「核密約」の全貌』(筑摩選書)ほか.

書評情報

日本経済新聞(朝刊) 2015年10月18日

関連書籍

ページトップへ戻る