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刊行にあたって
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辻佐保子
「アングロノルマン黙示録」
の系列における
『トリニティ黙示録』
の特性
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黒岩三恵
図像と様式の交錯―『黙示録』
(ケンブリッジ,トリニティ・カレッジ
図書館,MS R.16.2)
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見開き画像
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ファクシミリ版について
イベリア半島北部の各地において,9世紀から13世紀前半にいたるまで制作された『ベアトゥス黙示録註解』写本挿絵の系列については,すでに『ファクンドゥス写本』(マドリード,国立図書館)の単行本(1998年)と,『アローヨ写本』(パリ,フランス国立図書館)のファクシミリ版(2000年)が岩波書店から刊行されている.『ファクンドゥス写本』に代表されるように,初期の作例ほど大胆な幻想性に溢れ,モサラベ様式(イスラム影響下のキリスト教美術)の特色をよく示す.ところが,13世紀前半の作例の1つである『アローヨ写本』には,旧来の伝統的な表現に固執しながらも,王家相互の交流や修道会の活動も作用して,イングランドやフランス南部からの新たな影響が目立ち始める.
今回ファクシミリ版を刊行するトリニティ・カレッジ(ケンブリッジ)の『黙示録』(MS R.16.2)は,13世紀後半にイングランドの各地で制作された「アングロノルマン黙示録」と総称される一群の写本の1つである.ただし,約20例ほど知られるこの時期の同系列の写本のうちでは,極めて特異な位置を占めている.他のほとんどが “tinted drawing” と称する無地の羊皮紙に描線の魅力を残しつつ淡彩のみで彩色するというイングランドに固有の手法に従っているのに対して,この黙示録は,渋味のある赤と濃紺の多様な組合せを地色とし,すべての画像に豊かな濃彩を施しているからである.
かつての研究によれば,ベアトゥス群の黙示録とアングロノルマン黙示録群とは,あまりにも様式が異なるため,ほとんど無関係な系列のように考えられていた.
ところが最近では,後期ベアトゥス写本の研究が進み,イングランドや南フランスからの影響が指摘されるようになった.スペインで刊行されたファクシミリ版『アローヨ写本』の解説編では,アラゴン王国の同様の関係に続いて,カスティーリア王アルフォンソ8世とエレオノール(イングランド王ヘンリー2世とアキテーヌ公女エレオノールの娘)の結婚を背景に,自然主義的な衣襞の扱いや斬新なゴシック図像がこの黙示録写本に伝達されたと述べている.たしかに,「最後の審判」の地獄図は,従来のベアトゥスのそれとは異なり,ピレネー以北の図像である.これとは反対に,近年のイギリスの研究者たちは,13世紀後半のアングロノルマン写本,とりわけ全面的に濃色彩色を施し,地色の上に星形など多様な小文様を散らした『トリニティ黙示録』の方に,後期ベアトゥス写本に固有の図像やモティーフが導入されたと指摘する.すでに安發和彰氏が『アローヨ写本』の解説で指摘されたように,「天上の都エルサレム」を俯瞰的な視点から展開図として表現したことはその明白な一例である(他のアングロノンルマン写本は水平視の城塞都市を描く).さらに,聖都の中央に茂る生命の樹をはじめとする樹木が,しばしば葡萄唐草に似た文様のように扱われるのも,他の部分の自然主義的表現とは異質な,モサラベ起源の装飾化の傾向に由来する特徴と思われる(f.25v).
今回のファクシミリ版の解説編を執筆したナイジェル・モーガンは,イングランドで制作された初期ゴシック(1250―85年)写本のカタログ(1988年)において,19点のアングロノルマン黙示録写本を詳細に記述し,主題一覧表を作成した.
これについで,『ランベス黙示録』(ロンドン,ランベス・パレス)のファクシミリ版と解説編を1990年に出版している.この写本は,衣服などの一部に未着色の部分をあえて残す淡彩素描の技法をとどめながらも,『トリニティ黙示録』よりは穏やかなブルー,オールド・ローズなどの地色や中間色の彩色を好み,さらによく磨かれた金箔を随所に導入した宮廷風の典雅な作風を示す.
「アングロノルマン」という名称が示すように,1066年のノーマン・コンケストを機に,イングランドには,言語の上だけではなく,建築その他の美術の領域でも,しだいにフランス起源の諸要素が従来のアングロサクソン的な伝統の上に多様な作用を及ぼすようになった.ここで問題にしている写本には,黙示録本文とその註解(ベレンガウドゥスによる)を両方ともラテン語で記したもの,いわゆるアングロノルマンと称される英仏混交の言語を用いたもの,さらには本文か註解のどちらかをラテン語にしたものなど,注文主あるいは受容層の違いを反映したさまざまな種類がある.この他,登場人物の「せりふ」その他の文章を,手にした巻物や矩形のプラカードに書き込む方法も,この時期の作品の慣例である.
文字と画像のレイアウトについても,同様にさまざまな形式が区別される.最初に誕生したのは,黙示録画面をむしろ主体とし,数行の黙示録テクストの抜粋をその下や画面内に記しただけの “picture book”(絵本)形式とも推定されている.最も多い形式は,ぺージ上方の横長矩形の枠内に挿絵を描き,下方の2コラムに黙示録本文とその註解を配するものである.
『トリニティ黙示録』は,その点でも例外的であり,横長矩形の他にもほぼ正方形に近い小区画が混在している(f.22v).それだけではなく,画面を上下数段に区切る大構図が重要な図像に利用されている点も,ベアトゥス群との関係を物語る.イベリア半島との交流を示す歴史的背景としては,1254年,カスティーリア王フェルディナンド3世の王女レオノールとヘンリー3世の王子エドワードの結婚があり,儀式が行われたラス・ウェルガス修道院に,13世紀前半制作のベアトゥス写本が所蔵されていた.それが契機となって,類似の写本がイングランドにもたらされたのではないかとの仮説を,モーガンが提唱している.この他にも,ガスコーニュ地方にそれより少し前に滞在していたシモン・ド・モンフォールとヘンリー3世の関係を指摘しているが,決定的な根拠はない.
両国の関係とイギリス王家の所蔵であることが明白なのは,冒頭のイニシアルに皇太子時代のエドワード1世(1272―1307年,王冠が描かれていない)とカスティーリアのレオノール(1290年没)の小さな肖像を楯型紋章とともに描いた『ドゥース黙示録』(オックスフォード,ボードリアン図書館)の場合である.しだいに高まるフランス風のムードは,人物の優雅なポーズとこれに伴うしなやかな衣襞の動き,顔面に現れる苦悩,驚愕,喜悦などの豊かな感情表現によく感じられる.パリのノートル・ダム大聖堂南扉口,さらにはランス大聖堂正面の彫像など,盛期ゴシック彫刻との関連を誰しも連想したくなる.未完成の写本であるため,きわめて繊細な下書き線描や,金箔部分のみを施した段階から,中間色の下塗りとより濃彩の上塗り,暗色のモデリングに至る過程までを逐一辿ることができるのも,この写本の大きな魅力である.遅い年代と著しいフランスの影響にも拘わらず,羊皮紙の地を残す“tinted drawing”というイングランド本来の技法がいぜんとして活かされている.
『ドゥース黙示録』については,以前から中世黙示録の研究を専門とするP.クラインがファクシミリ版と解説編を刊行しており(1983年),とりわけクライン作成のアングロノルマン黙示録諸写本の系統図(ステマ)は,多少の修正を除いて,今回のモーガンの書物にも受け入れられている.ここでは,ほぼ年代順に,主として図像の特徴に基づいて,A,B,Cの3系列に分類しうること,時代の遅いものほど場面数が増加することだけを指摘しておく.
福音書記者ヨハネが他ならぬ黙示録の著者であることを強調するかのように,『トリニティ黙示録』をはじめ多くの写本では,黙示録本体の前にパトモス島到着までの伝記,巻末には後半生から死と埋葬までの場面が加えられている.眼前に次々と起こる幻影の目撃者であり,事件の証人でもあるヨハネは,見聞きした全てを書き記すことを神から命じられる.しばしば画面枠の外に立って,枠の一部に設けられた小窓から内部をのぞいたり,神の声をよく聞こうとして頭巾をずらし耳をそばだてたりするヨハネの姿はどこかユーモラスである.雷鳴や大音響がとどろく様子を,小さな擬人像の口から吹き出す息吹によって示す方法も興味深い.時代が下るにつれて,異端者やユダヤ人,あるいはアンティクリストのサイクルを加えたり,ドメニコ会,フランシスコ会の着衣をまとう托鉢修道士の姿を導入したりして,同時代性を強調するようになる.さらには註解テクストの内容までを画像として追加し,「エクレシア」と「シナゴーグ」の擬人像の間に偽預言者を描くなど,同じく13世紀以降に好んで作成された「ビーブル・モラリゼ」の表現とも通じるところがある.事実,パリのフランス国立図書館の一写本(MS fr.403)の註解テクストと同じものが「ビーブル・モラリゼ」の1つにも引用されて,両者の関連を示唆している.
先に触れた『ランベス黙示録』には,冒頭に聖母の彫像に彩色するベネディクト修道士の姿が大きく描かれており,すでに俗人の画家が増加したこの時代にあっても,画家としての修道士の自画像が描かれたことは注目に値する.おそらく高貴な女性のために制作されたこの写本の巻末には,所有者の信心や帰依を示す聖人や聖女の単独像も加えられている.
最後になったが,『トリニティ黙示録』のみに認められるユニークな細部表現を2つあげておく.「貧しい人々」あるいは「難民」を示すのであろうか,乳幼児を日本の「ネンネコ」と同じ仕方で背中におんぶする父親がおり,旅支度の杖と水壺を手にし,その傍らには妻や幼児が寄り添っている.あたかも型を反復したように,同一の表現が異なった場面に3回繰り返されている(ff.15v,28r,28v).また,パトモス島に向かう船客の一人が,船酔いのため身をかがめて嘔吐する姿(f.1v)も,妙に現実感があって鑑賞者の関心を誘う.
(名古屋大学・お茶の水女子大学名誉教授)