「個性」を煽られる子どもたち

親密圏の変容を考える

衝動的・短絡的な行動はなぜ? 身近な繋がりに腐心し,個性的であることに強迫される子どもたちの姿から考察.

「個性」を煽られる子どもたち
著者 土井 隆義
通し番号 633
ジャンル 書籍 > 岩波ブックレット > 子ども・教育
日本十進分類 > 社会科学
刊行日 2004/09/07
ISBN 9784000093330
Cコード 0336
体裁 A5 ・ 並製 ・ 72頁
在庫 品切れ
衝動的・短絡的な行動はどこから来るのか? 公共の場では自分を抑えずストレートに思いを「表出」する一方,身近な関係の取り結びに腐心し,個性的であること,「自分らしくあること」のプレッシャーにさらされる子どもたち.その人間関係の網の目―「親密圏」の変容をキーワードに考察する〈現代子ども論〉.


■著者からのメッセージ
 子どもをめぐる近年の事件から見えてくるのは,友だち関係の過剰な重さです.従来からのいじめ事件においてだけでなく,普段から親友と呼んでいたほど仲のよかった友だち同士が,加害者と被害者の関係へと突然に転じてしまった最近の事件にも,あるいはオヤジ狩りのように,友だち同士でつるんで大人を襲うといった諸事件にも,その様子はうかがえるでしょう.事件の様態はそれぞれ多様ですが,友だち関係の重さという事実だけは,背後に共通して読み取れるように思います.
 最近の子どもたちは,友だちや家族など親密圏の人間関係に異様なほど配慮しあっています.そして,その傷つきやすい人間関係をマネージメントしていくことに何よりも優先性を認め,莫大なエネルギーをそこに注ぎ込んでいます.しかし,その危うい関係の維持運営に腐心するあまり,親密圏の外部にいる人間に対してはほとんど無関心となっているようにも見受けられます.また,本来ならそこに生じるはずの軋轢を無理に抑え込んだ関係の不安定さが,かえって暴発的な破綻となって表われている場合もあるのではないでしょうか.
 では,彼らの生きる親密圏が,かくも重いものへと変質してしまったのはいったいなぜでしょう.親密な他者との関係を相対化できず,対立を認めない言わば「優しい関係」の専制に追いつめられているのはなぜでしょう.このような傾向は,きわめて内閉的に「個性的な自分」を希求するという近年の彼らのメンタリティの特徴と,一見は正反対の動きのように見えるものの,じつは大いに関係しあっているのではないでしょうか.本書の中心的なテーマも,この両者の関連を解明することにあります.
 本書の考察は,もとより一つの試論にすぎません.その指摘が当たっているか否かは,今後の詳細な検討に委ねられています.むしろ著者としては,本書の役割はその検討の契機となることだと考えています.そして,その論争の中から,個々の事件の表層に囚われることなく,また理念だけが先行した「べき論」に囚われることもなく,子どもたちの現状を冷静に見すえた建設的なまなざしが生まれ育っていくことを願っています.
一 親密圏の重さ,公共圏の軽さ ―― 子どもの事件から見えるもの ――
1 親密圏における過剰な配慮
  佐世保の事件から/「親友」という関係性/友だち関係の重さと不安
2 公共圏における他者の不在
  少年による凶悪犯罪の実態/「装った自分」から「素の自分」へ
3 「つながり」に強迫された日常
  過剰な配慮と無配慮/蔓延する「優しい関係」/現代的な「いじめ」の特徴

二 内閉化する「個性」への憧憬 ―― オンリー・ワンへの強迫観念 ――
1 生来的な属性としての「個性」
素の「キャラ」の魅力/衰退する社会的個性志向/社会化のリアリティ
2 内発的衝動を重視する子どもたち
  〈善いこと〉から〈良い感じ〉へ/生理的感覚としての「自分らしさ」/断片化した自己のパラドクス
3 「自分らしさ」への焦燥
  オンリー・ワンへと煽られる子ども/歴史感覚の欠如と「感動」志向/個性に対する欲望の無限肥大
三 優しい関係のプライオリティ ―― 強まる自己承認欲求のはてに ――
1 「自分らしさ」の脆弱な根拠
  ジャイロスコープを欠いた「個性」/強まってきた自己承認の欲求/「見られていないかもしれない」不安
2 肥大化した自我による共依存
  〈良い感じ〉の関係/共依存から派生する暴力/ジェンダーを反映した関係性
3 純粋な関係がはらむパラドクス
  コミュニケーションの困難な時代/純粋な関係への期待値の高さ/「心の教育」に潜在する問題

引用文献
土井隆義(どい・たかよし)
1960年生まれ.筑波大学大学院人文社会科学研究科助教授.社会学専攻.大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程中退.本書で展開した社会的に形成される「個性」への批判的検討は,少年犯罪の質的変化を現在の社会情勢から読解した前著『〈非行少年〉の消滅――個性神話と少年犯罪』(信山社)にも通底している.また現在は,異質性の包摂からその排除へと変質しつつある社会統制のメカニズムの行方にも注目している.他,共著書に『社会構築主義のスペクトラム――パースペクティヴの現在と可能性』(ナカニシヤ出版).論文に「生きづらさの系譜学――高野悦子と南条あや」(『文化社会学への招待』〔世界思想社〕所収)など.

書評情報

読売新聞(朝刊) 2012年6月17日
日本経済新聞(朝刊) 2005年1月16日
教育 2005年1月号
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