小学校の卒業文集で「尊敬する人」という欄に「宍戸錠」と書いて以来,A(エース)の錠はわたしの守護聖人であり,映画観の中心にいるべき存在であった.わたしは映画観のみならず,人生観,女性観の点で多くを日活アクションに負っているような気がしている.
日活のギャング映画や青春映画はこれまであまりにも過小評価されていたと思う.ハリウッドに範を仰ぎ,スタジオシステムのなかで大量生産されたこれらのフィルムには,「作家性」も「芸術性」も認められないというのが,多くの評論家の態度だった.わたしは長い間,それは違うのではないかと思ってきた.日活アクションはパリのヌーヴェルヴァーグと同時期の現象であって,トリュフォーは裕ちゃんの『狂った果実』に嫉妬することから,映画を撮りだしたのである.ひとたびアジア映画史に踏み込んでみると,いたるところに日活の影響が認められる.香港でも,台湾でも,韓国でも,あるときまで日活映画はお手本だったのである.そこから香港ノワールが登場し,現在のハリウッドを活性化していることは,いうまでもない.
こうした歴史的経緯を辿ろうとしたのが本書である.当然のことながら,表紙はAの錠しかない.直接本人に連絡をとると,簡単にGOサインがでた.
「拳銃(コルト)は俺のパスポート」とは,彼の代表作の題名である.そう,まさに拳銃一丁をもって,彼の身体は映画史のなかを横断し,今日にいたるまで越境を続けているのだ. |