本書は,「はしがき」にも書かれてあるように,1974年から1976年にかけての,京都大学の臨床心理学教室での事例検討会における,河合隼雄のコメントをまとめたものである.このようなものが残っているのは,当時大学院生であった山田(旧姓藤縄)真理子さんが,事例検討会をテープにとっていて,そのときの河合隼雄のコメントのみをテープ起こしして,ノートにまとめていたためである.後に手書きノートのコピーが研究室で出回るようになり,筆者が大学院に入学した1980年には,既に『河合隼雄語録』と呼ばれる手書きコピーの冊子になって広まっていた.たとえばこれから実際に心理療法を行おうという修士一年生のオリエンテーションの教材にも用いられていた.京都大学の中だけではなくて,関係者を通じてかなり広まっていたような記憶がある.その後,1992年に河合隼雄が定年退職する際に,手書きのものがワープロで院生たちによって打ち直され,希望者に配られることになったのが,最終的な形である. このように,多少とも河合隼雄とつながりのある臨床家たちの間で共有されてきた『河合隼雄語録』であったけれども,2007年に河合隼雄が亡くなり,2009年に追悼の思いを込めて,スイスのユング研究所での資格論文を中心とした『日本神話と心の構造』と『思想家 河合隼雄』とともに,『臨床家 河合隼雄』が岩波書店から出版されるにあたって,河合隼雄の臨床家としての姿をよく示しているものとして,この語録を含めてはどうかという案が出てきた.元々のテープ起こしをしていただいた山田真理子さんと,京都大学臨床心理学教室の承諾を得つつ,そのときは京都大学大学院教育学研究科教授の桑原知子さんの編集で,比較的一般的なことを発言しているV章「治療観から人間観へ」のみを収録することになった. それに対する反響はとても大きく,他のところも読みたいという声が多く寄せられた.元々は臨床の専門家をめざす院生を対象にした大学院の授業での発言であり,またこれまでは一部の心理療法家の間で広まっていたのだが,岩波書店の方から,一般の読者のためにも全体を公刊してはどうかという提案があって,本書が成立したというわけである.そのために,『河合隼雄語録』という親しまれていた原題は副題に残しつつも,一般読者を考慮して,『生きたことば,動くこころ』という題がつくことになった.
(本書より) |