千三忌

小説・農民兵士,千三のニューギニア戦記.死と希望,闇と光の黙示録.極限状況にあって尊厳ある生とは何か.

千三忌
著者 簾内 敬司
ジャンル 書籍 > 単行本 > 創作作品(小説・詩・戯曲)
刊行日 2005/09/22
ISBN 9784000236560
Cコード 0093
体裁 四六 ・ 上製 ・ 206頁
在庫 品切れ
小説・ニューギニア戦記.農民兵士,千三の南島戦体験.米軍の圧倒的な火力に追われつつ,熱帯雨林の泥沼をさまよう.孤立と飢えとマラリアと……非日常の闇に浮かび上がる死と絶望のシルエット,弾雨の中に立ち上がる一瞬の光のヴィジョン──闇と光の黙示録.人間の尊厳とは何か.

■著者からのメッセージ

「村長さん,伜の千三が兵隊さ取られるのス.これまで,千三はオレの子だ,オレの子だと思っていたのだども,間違いだったのス.兵隊さやりたくねえど思っても,天皇陛下の命令だれば仕方ねえス.オレの勘違いだったのス.生まれたときがら,オレのこどもではながったのス」.
 みちのく岩手県和賀(北上市)の寒村でつつましい暮らしを生きていた高橋セキ・千三母子の物語は,地域ではつとに知られていた実話だ.母ひとり子ひとりだった.セキがニューギニア戦線で死んだ千三の墓を建てたのは戦後十年目のことだが,路傍の墓だった.自分が死ねば墓守りは誰もいないから,道端に建てたのだ.「五木の子守り歌」にこうある.

  おどんが打死んだば 道端いけろ 通る人ごち花あぐる

 セキの没後,地域の女性たちが千三の命日に墓前につどい,「千三忌」をいとなんでいる.セキになりかわる無縁の彼女たちが墓守りなのだ.戦後史の記憶に残る象徴的な挿話だと思った.
 初めて千三忌の墓前に行ったのは三年前のことだ.墓守りを自認する彼女たちによって,「南無阿弥陀仏」とだけ彫られた路傍の墓は「意志の墓」とも呼ばれていた.
 「天皇の赤子」の時代とは,自分の子でありながら,生まれたときから自分の子ではなかったのだと,断腸の思いでセキに言わせた転倒の時代ではなかったか.「意志の墓」とは,そこにつどう千三忌とは,言うなれば「換骨奪胎」されたわが子をもう一度,自分の胎内に取り戻そうとする母親の苦闘のいとなみを祀るものにも思われた.
 ならば,やはり断腸の思いで出征した千三のその後の足どりを辿ることから始めてみなければなるまいと思った.戦地での千三の二年八ヵ月の歳月は,セキも知らない足どりであったろうから,その空白の日々をセキに取り戻させてやりたいと思ったからである.

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戦後60年をへて結晶した戦争の真実.東北農民兵士の南方戦記―生と死の黙示録。人間の尊厳とは何か。

■編集部からのメッセージ


戦後世代の手になる戦記物語.東北農民兵士のニューギニア戦記.
 高橋千三は,岩手県和賀郷(現北上市)出身の農民兵士である.北東北四県の兵によって編成された第36師団は,陸軍の精兵とされ,北方の作戦にむく雪師団と呼ばれた.北支に派遣され,山地を転戦していた雪師団が,海洋作戦の訓練もないまま,急遽南方に派遣される.なぜか.
 熱帯ジャングルの中の戦争.マラリヤ蚊と泥沼,照明弾と曳光弾が飛び交う夜襲……一人の人間が戦場に立つとはどういうことなのか.尊厳を失わずに生きるとは何か.絶望と希望,あまりに人間的な現実と故郷の幻想……戦場のドラマが,つよいタッチで厚く塗り上げられていく.光と闇を描いた油絵のように.
 小指の骨となって,千三は母セキのもとへ帰還する.母一人子一人で,最底辺を生きてきたこの母子にとって,また二人に代表される東北農山村の民衆にとって,戦争とは何だったのか.

 高橋セキ・千三母子の物語は,東北の戦争体験を語る際,逸することのできないものの一つとなっている.
 千三忌とは,20年にわたって続けられている年忌である.路傍に母セキが建立した千三の墓碑に集う手作りの集会は,詩人小原麗子氏と「麗ら会」読書サークルのメンバーを中心に今も営まれている.東北農山村の戦争体験の象徴であり,灯し続けられる記憶の燈明なのである.
 秋田県北,二ツ井町在住の作家簾内敬司先生は,セキの語りを核に,戦誌をたどり直し,いくつかの記録を編み込み,一編の戦争小説に仕上げた.ここに編み込まれている小説的なイメージは,北東北の精神風土を生きた作家自身のものであり,東北訛りの会話文ともあいまって,この作品を戦記物の枠を超えた記録文学として厚みのあるものにしている.

 簾内敬司先生は,自ら評論をものしている宮沢賢治(『宮沢賢治――遠くからの知恵』影書房,95),山形の詩人真壁仁,戦後生活綴り方運動の流れをくむ『山脈』を主宰した同郷の白鳥邦夫,隣町合川町の前町長にして詩人畠山義郎(『東北農山村の戦後改革』岩波ブックレット,91)らによって形作られるある種の精神圏を,創作・批評活動の土台とする作家である.東北という生活圏・文化圏から,日本の近代史を照らし出し,捉え直す.戦争小説『千三忌』も,そうした一貫したモチーのもとに結晶した作品である.




畠山 義郎(詩人・元合川町町長)さんの書評へ



簾内 敬司(すのうち けいじ)

1951年,秋田県に生まれる.県北の白神山麓,二ツ井町に在住.
1975年より88年まで,この地で秋田書房を経営する.80年代後半より,創作活動を開始.
著書:『竜の子ども』無明舎出版,1978.
    『千年の夜』影書房,1989.
    『東北農山村の戦後改革』
    岩波ブックレット,1991.
    『宮沢賢治――遠くからの知恵』影書房,1995.
    『日本北緯四十度』日本経済評論社,1995.
    『原生林に風が吹く』共著,岩波書店,1996.
    『涙ぐむ目で踊る』影書房,1997.
    『菅江真澄 みちのく漂流』岩波書店,2001.
    『獅子ケ森に降る雨』平凡社,2004.

書評情報

朝日新聞(朝刊) 2005年11月20日
日本農業新聞 2005年11月14日
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