客人 [ソンニム]


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編集部だより
「現代韓国最高の作家」が, 十数年の歳月をかけ, 渾身の力をこめて描く民族の悲劇 朝鮮戦争の真実

著者からのメッセージ

 「客人(ソンニム)」は,私が亡命客としてベルリンに滞在していた頃,冷戦体制の解体を告げる「壁の崩壊」を目撃しながら構想した作品である.私はドイツ各地をさまよう放浪の末,アメリカに居を移したのであるが,そのときニューヨークである一人の韓国人プロテスタントの牧師にお会いし,彼の口から彼が生まれ育った信川(シンチョン)の地でいったい何が起こったのか,朝鮮戦争当時の目撃談を聞くに及んで,胸に抱いていた疑惑が解け始めたのである.その牧師さんが,実は作品に登場する柳(ユ)牧師である.
 長い放浪の旅に終止符を打つべく帰国を決意し,金浦空港に降り立つや否や,私は官憲により国家保安法違反を犯した罪人として逮捕され,その後の数年間を刑務所の官房の中で暮らすことになった.官房の中で私は改めて作品の構想を練り直し,新しい形態の手法をこれに適用することができたのである.この作品に描かれた惨劇は民族内部で演じられたものであるだけに,北側の公式的な主張を立場とする人たちからも,また惨劇のあと北の地を離れて南に移ったクリスチャンを中心とする人たちからも,否定され指弾されるということはありえるだろう.
 (朝鮮戦争で戦いあった)キリスト教とマルクス主義は,この民族が植民地時代と分断の時代を経てくる間に,自律的な近代の達成に失敗し,他律的なものとして受け入れた,近代化への二つの異なった途であったと言うことができよう.
 キリスト教はもちろん西の方からやってきたものであるが,天然痘もまたシルクロードのかなた西域から渡ってきたものであって,その故にこの恐ろしい病は「西病」として認識された.朝鮮民衆はこの病のことを,一刻も早く帰ってもらうべき「客人(ソンニム)」と呼んで,ひたすらその祟りから逃げようと努めたのであった.
 解放後(1945年),わが国を舞台として格闘を演じ,我われに大きな傷痕を残したキリスト教とマルクス主義は,いわば共に「西病」であって,その故にこそ私はこの作品に「客人(ソンニム)」というタイトルをつけたのである.

(作者の言葉から)
 ※作者黄ソギョンは,1989年,韓国政府の許可なしに北朝鮮を訪問したため,帰国することができず,93年の帰国まで,ベルリン,ニューヨーク,東京などで実質的な亡命生活を送っていた.


著・訳者紹介

暎(ファン・ソギョン)
現代韓国で最も人気の高い作家であり,民主化運動のリーダーのひとり.1943年「満州」に生まれ,1962年文壇にデビュー,1971年に発表した『客地』(邦訳岩波書店,1986年)で高い評価を得る.代表作に大河小説『張吉山』(全10巻),『武器の影』(岩波書店,1989年),『懐かしの庭』(岩波書店,2002年)などがある.1989年に訪北.アメリカ,ドイツに亡命後,1993年,帰国.5年間の獄中生活を送り,1998年春に釈放された.

鄭敬謨(チョン・ギョンモ)
1924年ソウル生まれ.慶應大学医学部を経て,1950年エモリ大学文理科大卒.朝鮮戦争勃発と同時に米国防省職員となり,その後韓国政府技術顧問.1970年来日.文筆活動に入る.1989年文益煥師とともに北を訪問.


編集部からのメッセージ

 岩波書店で,現代韓国の最も優れた作家である黄暎(ファン・ソギョン)の作品を,翻訳するのはこれで4つ目になります.80年代,彼が民主化運動の活動家として各地を駆け巡っていた頃に翻訳したのが『客地』,『武器の影』(いずれも高崎宗司訳)でした.
 その後,著者が統一の対象としての北を訪問し,韓国に帰国できなかったため,作家としての活動はしばらく中断を余儀なくされます.世界を放浪した後,金泳三政権に替わったので逮捕は免れるだろうと期待して帰国したものの,直ちに逮捕され,金大中政権になるまで5年の獄中生活を送ることになります.こうした長いブランクのため,もはや作家としては復活できないだろうとの世評を裏切って,2000年に発表したのが,80年代の韓国民主化運動の青春を描いた『懐かしの庭』であり(青柳優子訳),それに続いて,2001年,民族的な悲劇・朝鮮戦争の虐殺を描いたのが,この『客人』です.いずれも韓国では大ベストセラーとなりました.
 こうした旺盛な作家活動により,著者は2003年「文化日報」の識者アンケートにおいて,「現代韓国最高の作家」に選ばれています.
 彼の描くのは,かつて海兵隊員として従軍したベトナム戦争の惨劇と,民族解放を真剣に追求する青年たちの姿であり(『武器の影』),あるいは軍事政権の圧迫の中,民主化運動に従事しながら純粋な愛に生きる青春の姿です(『懐かしの庭』).それは,現代韓国現代史そのものと言っていいと思います.
 今回の『客人』も,韓国分断の端緒である朝鮮戦争(1950〜53年)をこれまでとまったく違った角度から描いています.南北の軍や米軍,あるいは中国軍の戦争であっただけでなく,それは同じ村人たち,隣人たちの殺し合いでもあったのです.信川の大虐殺については,当時ピカソが絵に描いて非難するくらい有名な事件でした.しかしそれはピョンヤン政府が公式に伝える,米軍による虐殺ではなかったのではないか,というのが,現地を取材し,アメリカで亡命者の牧師と語って彼が得た結論でした.
 いわば彼はタブーを破ったのです.北のマルクス主義者からも,南のクリスチャンからも,彼は批判を受けることになりました.
 彼は民俗的な踊り(マダンクッ)の構成を選び,鎮魂と祈りと赦しでこの悲劇を終えています.
 熱気溢れる韓国社会はどのように生まれてきたのか,どのような人々がどのような思いを抱いて生きているのか,本書を読み,隣国の息吹にぜひ触れてみてください.

【編集部 岡本 厚】


目次

不浄の祓い 死して残るもの
降神 今日は昨日死んだ者の明日
冥土からの使者 亡者との役割替え
死霊の乗り移り 生き残った者
清らかな魂 和解の前に是非を問う
解冤の儀(ベカルギ) 神には罪がなかったのか
命の芽生え 現世に生きる者
冥府で亡者を裁く十の王 裁きの場
路の分かれ目 離別
10 衣の焼却 埋葬
11 魂霊を載せる盆 己れは何をなすべきか
12 締めの歌 心おきなく去られ給え
     
  作者のことば  
  訳者のあとがき  




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