中東欧音楽の回路 ―― ロマ・クレズマー・20世紀の前衛


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編集部だより
村の楽師から亡命芸術家までのヨーロッパ音楽の地下水脈

ブルガリア,ソフィアの街角で(2006年8月,筆者撮影)


著者からのメッセージ

 シャガールについて,自分が何らかの文章を書くようになるとは思ってもいなかった.好きではなかったからだ.父親がデザイン関係の仕事をしていて,機能主義,構成主義,新即物主義的なものに囲まれて育ったので,「愛と幻想の画家」シャガールなんて論外だった.シャガールの絵のことを「マーマレード」と形容した人がいて,つまりは明るくて甘ったるいというような意味なのだろうが,我が意を得たり,と思ったものだ.が,ロマの音楽を調べるうちに,東欧・ロシアのユダヤ人たちの大衆音楽クレズマーを聴くようになり,シャガールが描いたものがそういう世界のものだったことを知って,彼の絵は俄然違うものとして見えるようになった.そして,この音楽について調べているうちに,これは実はどこか遠い世界の,見知らぬ人々の文化というわけではなくて,我々が今聴いている音楽文化の根幹を成すものなのではないか,と考えるようになった.中東欧の芸能は,新大陸西海岸発信の大衆音楽となり,またユーラシア大陸を東周りに伝わって極東にも届き,かくして我々の音楽のデファクト・スタンダードになったのではないか---そんな視点から,クンデラを読み,ストラヴィンスキーを聴き直し,ブルガリアのポップフォークを追い,バルトークの旅を辿る.
 音楽を通じて,絵の見え方が変わり,映画を観る目も変わり,それがまた音楽の聞こえ方を変える.そして自分の感受性の成り立ちも振り返らざるを得なくなる.ここ十年ほど,そんなことを続けてきた結果をまとめたのが,この本である.

ブラゴエフグラート郊外の教会の前で,結婚式のカップルを待ち受ける大道芸人たち(2006年8月,筆者撮影)

結婚式で歌うチャルガ歌手(2006年8月,筆者撮影)


著者紹介

伊藤 信宏(いとう のぶひろ)
 1960年京都市生まれ.大阪大学文学部,同大学院修了後,ハンガリー科学アカデミー音楽学研究所,リスト音楽院などに留学.大阪教育大学助教授を経て現在,大阪大学大学院文学研究科准教授.著書に『バルトーク』(中公新書,1997年,第7回吉田秀和賞),『ハイドンのエステルハージ・ソナタを読む』(春秋社,2003年),編著に『ピアノはいつピアノになったか?』(大阪大学出版会,2007年)など.

リブノヴォの結婚式,花嫁の行列をリードするズルナと太鼓の奏者たち(2008年1月,筆者撮影)

カブラキロヴォの村で(2006年8月,筆者撮影)


目次

第1章 ニシンとヴァイオリンと緑のユダヤ人――シャガールのヴァイオリン
  コラム 映画「耳に残るは君の歌声」の視角
第2章 異教的習俗のモンタージュ――ストラヴィンスキーとスコモローヒ
  コラム ポクロフスキー・アンサンブルの《結婚》
第3章 民俗音楽の喜劇的浄化――コダーイとクンデラ
  コラム 書かれざるを得ないことと書き得ぬこと――アゴタ・クリストフ『ふたりの証拠』に
第4章 民族間の「通貨」としての音楽――モルドヴァのブラス・バンド
  コラム パリのロシア風ナイト・クラブ――ケッセル『朝のない夜』再読
第5章 チャルガに夢中――ブルガリアン・ポップ・フォークの地政学
  コラム ズルナと武満――篠田版『心中天の網島』に
第6章 《ジプシーの恋》の夢と諦め――レハールのオペレッタ
  コラム 粉挽き場というトポス――フォークロアの隠れた水脈
第7章 妖しく高貴なヴァイオリン――エネスクとラウタール
  コラム L氏の横顔――ヴェーグ,ヴェレシュ,コパチンスカヤ
第8章 リゲティが見入る地図――長いイントロダクションとインタビュー
  コラム フィガロはなぜ理髪師なのか?
終章 豚飼いの角笛の残響――バルトークの旅を辿る
初出一覧
あとがき
図版出典一覧
人名索引
付録CD解説


付録CD収録曲

  1 クレズマー音楽の例 《ラビの踊り》
  2 ハンガリー民謡,バルトークによる録音
  3 G・ディニクによる《ひばり》
  4 ファンファーラ・スペランツィア《ブレゴヴィッチ》
  5 同 《ショパン》
  6 同 《ワルツ》
  7 ゲオルギ・ディミトロフのズルナ・アンサンブル《エデレジ》
  8 P・コパチンスカヤによるエネスク《ヴァイオリン・ソナタ第3番第1楽章》
  9 豚飼いの角笛,バルトークによる録音




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