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以下の各章は,一九七三年から一九九九年の間に,私がさまざまな機会に応じて書いてきた論文である.これらのほとんどは,文字通りの意味で「機会に応じて」書かれたものだ.特別講演の要請に応えたり,論文集に寄稿したり,学会で発表したり,雑誌にあいた「穴」を埋めるために二四時間以内で書き上げたり,本の書評として書いたり.ここにあるのは,ありとあらゆる「機会」に書かれたエッセイなのだ.とはいえ,これらの論文の間には二つの互いに密接に関連したテーマが見て取れる.一つは,哲学者が歴史を利用するための,いくつかの新しいやり方を提案しようというテーマ.もう一つは,ミシェル・フーコーの初期の「知の考古学」に対する私なりの活用法をご紹介するというテーマである.私は,時折,この時代における唯一の正しい哲学のやり方を提唱していると受け取られることがある.これほど事実から隔たった誤解はない.哲学者が歴史を活用するやり方としては,私の想像をはるかに超えた,数多くの方法があるに違いない.また,フーコーは,私のみならず,私とは興味も能力も全く異なった人々にとっても,汲めども尽きぬインスピレーションの泉なのだ〔なので以下で書かれていることは,歴史を哲学に活用したり,フーコーから知的刺激を受ける仕方の,ごく一部にすぎないことを,予めお断りしておきたい〕.
――「はじめに」より
1936年生.トロント大学名誉教授,元コレージュ・ド・フランス教授.
著書の邦訳に『言語はなぜ哲学の問題になるのか』『表現と介入――ボルヘス的幻想と新ベーコン主義』『偶然を飼いならす――統計学と第二次科学革命』『記憶を書きかえる――多重人格と心のメカニズム』 『何が社会的に構成されるのか』がある
出口康夫(でぐち やすお)
1962年生.京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了.哲学.京都大学大学院文学研究科准教授.
大西琢朗(おおにし たくろう)
1978年生.京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了.哲学.日本学術振興会特別研究員PD.
渡辺一弘(わたなべ かずひろ)
1979年生.京都大学大学院文学研究科博士後期課程,ネブラスカ大学リンカーン校博士課程.哲学.
はじめに
第1章 歴史的存在論
第2章 五つの寓話
第3章 哲学者のための二種類の「新しい歴史主義」
第4章 ミシェル・フーコーの考古学
第5章 ミシェル・フーコーの未熟な科学
第6章 人々を作り上げる
第7章 自己を改善すること
第8章 いつ,どこで,なぜ,いかにして言語は公共的なものになったのか
第9章 歴史言語学についての夜想
第10章 根底的誤訳など現実にあったのか?
第11章 言語,真理,理性
第12章 歴史家にとっての「スタイル」,哲学者にとっての「スタイル」
第13章 ライプニッツとデカルト――証明と永遠真理
第14章 哲学的心理学者ヴィトゲンシュタイン
第15章 ドリームズ・イン・プレイス
訳者あとがき
初出一覧
引用文献
人名索引
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