 |

著者からのメッセージ/『7つのピアソラ』に寄せて/著者略歴
|
 |
ピアソラは,とんでもない人である.『タンゲディアIII』で魂をひっつかまれてから10年ほどになるが,おつき合い(?)が続けば続くほど,「すごい人だなぁ…」という思いが強くなる.型破りの音楽で人を魅了し,私の中に次々と「絵」を見せたばかりか,マグマのようにたぎる熱意は,彼の音楽が「好きでたまらない!」と思う者同志を,劇的に,しっかりと結びつけてくれる.
この本には,2種類の「出会い」のことを書いた.ピアソラの音楽や,そこから立ち現れる「画像たち」との,内なる遭遇.そして,その音楽を通して知らぬ間に広がっていった,ひととの「出会い」だ.
〈ピアソラをめぐる物語〉は,まだまだこれからも私の中で続いていくだろう.天にいる彼に向かって,あらためて大きな声で呼びかけたい.「ムチャス・グラシアス!(本当にありがとう!)」
この10年の間,「ピアソラの絵」が頭の中に現れるたびに,拙いながらも無我夢中で描いてきた.つき動かされるままに文章も書いた.
思いがけなくそれが,私の敬愛してやまない画家の司修さんの目にとまった.「これはぜひ本にしましょう!」と熱をこめて言って下さったことから,この1冊が生まれることになった.装丁やデザインを手がけ,ことばを寄せて下さった司さん,そして編集の川上隆志さん.思いと力を注いで下さったお2人に,厚くお礼申し上げたい.
また,私の拙いスペイン語での手紙に応え,見返しへの『ミケランジェロ 70』の楽譜の掲載を快く承諾して下さったピアソラ氏の夫人,ラウラ・エスカラーダ・ピアソラさんにも感謝を捧げたい.
この本の出版が決まったころ,パリから手紙が届いた.病気で療養していた友人,山本通代さんの訃報だった.彼女は,以前,パリ・〈エスパース・ジャポン〉での私の書展の際,準備の時から,きめ細かく,熱意をもって関わってくれた,忘れられない人だ.その後も長く手紙のやりとりが続き,再会できるのを楽しみにしていた.
彼女もピアソラのタンゴが大好きだった.この本を真っ先に見てもらいたい人だったのだが,それは叶わなくなってしまった.
それでも,ピアソラを聴く時には,通代さんは私の中でいつも一緒だ.荒々しく流れるタンゴの中で今も叫びつづけている,ピアソラ自身の魂と同じように.
(本書「あとがき」より) |
 |
| 司 修 |
乾千恵さんは,ユニークな書をかいてきました.「馬」であれば馬が疾走するような文字になり,「遊」であれば人々が楽しげに踊っている文字になり,「山」であれば樹木の葉ずれや鳥の囀りが聞こえ「梟」であれば目の輝きと風の音が聞こえます.「月」は笑い,「石」はしゃべり,「音」は音楽が聞こえていました.
その千恵さんが,石のように黙ったりしゃべったり,梟のように歌ったり,月のように微笑んだりしながら,ピアソラとの出会いを絵に描いていました.書のようには自由にならない色鉛筆を,何回も重ねて,ピアソラの音楽を絵にしていたのです.
ここに収めた絵は,10年の歳月を費やしています.もちろん旅行をしたり,ブランクがあったり,書をかいたりしながらでしたが.
ここまで書いて,千恵さんに電話をしました.すると,いままで心にありながら描けないでいた4つの絵が,千恵さんの手に,目に,空間に,筆に,絵具に,染み出ているというのです.その描く喜びに疲れも忘れているというのです.大地の小さな隙間から染み出る清水のように,千恵さんのイメージは透明です.
ずっとずっと前に,車を運転しているとき,カーラジオから聞いた音楽,その作曲者が,ピアソラでした.ピアソラはパリの音楽学校で,作曲した楽譜を先生に差し出しました.するとその女先生は,あなたを感じないと,いいます.それでピアソラは,ブエノスアイレスのタンゴについて語ります.ダンス音楽でしたから少し恥ずかしかったようです.しかし先生は,それこそあなたが大事にする音楽だというのでした.ピアソラは西洋音楽への願望をタンゴに移していったのです.ラジオのそのような話を聞いてぼくは感動しました.それからずっとピアソラの音楽を聴くようになっていたのです.
千恵さんとピアソラとの出会いも,ピアソラとぼくの出会いも,千恵さんとぼくの出会いも,偶然のようでいながら,どこかで繋がっていたように思います.
(本書「『7つのピアソラ』に寄せて」より) |
 |
| 乾 千恵(いぬい ちえ) |
| 1970年,大阪に生まれる.1990年,銀座で初の書展.以来各地で,図書館,お寺,学校,美術館,野外(森や畑)などを会場に,書展と語り(民話,童話,詩など)の場が開かれてきた.エッセイや旅行記,絵本のためのお話などを執筆.著書に『雲きれて陽のひかり』(雄飛企画),『「風」といるひと 「樹」のそばのひと』(野草社),『もじと絵』(絵・黒田征太郎,アートン)『月人石』(文・谷川俊太郎,写真・川島敏生,福音館書店). |
|