長崎 旧浦上天主堂 1945-58 失われた被爆遺産

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原爆は何を破壊したのか 被爆後の浦上を見守り,やがて解体撤去された 「幻の証言者」が,未公開写真によみがえる.

長崎 旧浦上天主堂 1945-58
――失われた被爆遺産
高原 至 写真
横手一彦 文
ブライアン・バークガフニ 英訳
B5判変型・並製カバー
Nagasaki Urakami Cathedral, 1945-1958: An Atomic Bomb Relic Lost (complete with English translation)
Photography: Takahara Itaru
Text: Yokote Kazuhiko
Translation: Brian Burke-Gaffney


著者からのメッセージ

 2009年の始め頃,職業別電話帳を頼りに,その記載順に電話を掛けた.長崎の敗戦期関連の資料を求め,それがどこかに保存されていないか,何か手掛かりを与えてくれる方がいないかというような,当て処のない問い合わせのためであった.電話口で,露骨に,困惑や嫌悪を示されたこともあった.手前勝手な話に対する当然の対応であり,こちらの非礼を詫びた.空振りの日々が続いた.
 ある日,このことを聞き及んだ方から,私の研究室を訪ねたいとの連絡が入った.彼が持参したのは,自身が撮影した記録写真であった.それらは,被爆後の旧浦上天主堂と浦上の人びとの姿を,確かな技量とわかる枠組みのなかにしっかりと写し撮っていた.その構図には,温かな眼差しも感じられた.
 本書の発端は,その人――高原至と出会い,その未公開写真の提供を受けたことによる.同じ長崎市に生活していながら,カメラマン高原の仕事を知らなかった.今では,それを恥じるばかりである.
 (中略)
 被爆天主堂は,解体撤去され,ついに消滅した.しかし本書の読者の心のなかに,ずっと生き続ける存在であるのかもしれない.

(横手一彦「あとがき」より抜粋)
Urakami is a village near Nagasaki where underground Christians defended their faith in secret for more than two centuries. The survivors of the last great persecution of the 1860's erected the grandest Catholic cathedral in East Asia, only to face a terrible new ordeal: the atomic bombing of 1945. The ruins of the cathedral remained for 13 years thereafter, speaking silently of the horror and devastation. The present volume is a photographic record of the fate of Urakami Cathedral, the “atomic bomb relic lost.”


編集部からのメッセージ

 たしかに昭和の子らはこんなふうに群れ遊んでいたに違いないという顔つきには,無邪気さと素朴さがあふれ出ていてひたすらまぶしい.その背後に,亀裂が走り,黒く焼け焦げ,どのような力が加わればこんな姿になってしまうのか,絶対的に止まってしまった時間を思わせる残墟がたっている.
 最初に高原さんの写真を見たときの印象は,もはや原状を想像することのできない廃墟や傷ついた聖像群の威容と,そこに時折写りこんでいる人々のたたずまいとが示す,破壊と生命力のコントラスト――それとも調和というべきか,なんとも不思議な空気感でした.被爆天主堂が解体される過程の写真にも,名状しがたい厳粛さを感じずにはいられません.
  とにかく写っているものに強く目を奪われるという経験がまず先にありました.それから次第に,これらはいったいどのような時代の光景なのか,ここに記録されているものは現在どうなってしまったものなのか,等々,いくつもの問いがわき,その問いを携えて編集作業が進みました.様々な文献や記録を読み,撮影者や著者の話を聞きながら,とにかく自分は長崎の何も知らず,戦後や近代史というもののなんたるかを理解していなかったということを,あらためて思い知らされることになりました.この廃墟の背後にある時間の堆積,諸関係の複雑な絡み合いについては,ここで一口に説明することができませんので,それはぜひ横手さんの解説をお読みください.浦上天主堂が被爆してから解体撤去されるまでの13年間と,それ以前の400年の厚みについて知ればそれだけ,この被爆遺構を残すことの出来なかったことの無念と,失わざるを得なかった事情の仕方なさ,この二つの背反する感情に引き裂かされることになります.しかし引き裂かれたままで過去について考え,その意味を問うことによってこそ,過酷な運命をたどった浦上天主堂が永遠に生かされることになるのではないか.それはおそらく,世界は核兵器を廃絶できるか否かという議論の硬直を溶かし,そして被害と加害,内と外といった構図の単純化を退けるための思考としても生きてくるのではないか.本が出来て,そんなことを感じています.
 キャプションや解説など,本書のすべての文章にバークガフニさんによる英訳文がついていますので,日本語を母国語としない読者にもおすすめください.

【編集部:大矢一哉】


著者紹介

写真:高原 至(たかはら いたる)
1923年長崎県長崎市生まれ.カメラマン.東京写真工業専門学校理学部(現東京工芸大)在学中に学徒兵徴集.大東亜写真協会,毎日新聞西部本社写真記者を経て,ナガサキフォトサービス(現DEITz株式会社)設立.主な仕事に,『ザビエルの道』(DEITz,1988年),『図説ポルトガル』(高野悦子・伊藤玄二郎編.河出書房新社,1993年).映像作品では『長崎の印象』(1960年),『ポルトガル』(1978年)ほか.

文:横手一彦(よこて かずひこ)
1959年青森県上北郡六戸町生まれ.長崎総合科学大学教授,平和文化研究所所長.早稲田大学を経て,法政大学大学院博士課程単位取得退学.専攻は日本近代文学.主な仕事に『被占領下の文学に関する基礎的研究』論考編/資料編(武蔵野書房,1995年),『敗戦期文学試論』(EDI,2004年),『被占領下の国語教育と文学』(メリーランド大学図書館ゴードン・W.プランゲ文庫,2009年).

英訳:ブライアン・バークガフニ(Brian Burke-Gaffney)
1950年カナダ・ウィニペグ市生まれ.長崎総合科学大学 環境・建築学部教授.専攻は歴史社会学.主な仕事に『花と霜――グラバー家の人々』(長崎文献社,1989年),『霧笛の長崎居留地――ウォーカー兄弟と海運日本の黎明』(長崎新聞社,2006年),翻訳に『長崎被爆記録写真集』(荒木正人監修.長崎国際文化会館,1996年).




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