大友良英
音楽の世界に足を踏み入れて四半世紀.数え切れないほどのコンサートを世界中の数え切れない都市でやり,それこそ自分でも把握できないほどの数のCDや録音物を世に出し,かなりの数の映画音楽をこなし,雑誌やweb上で無数の文章を発表してきたわけだけれど,どういうわけかこれまで本を出したことは一度もなかったのだ.出したくなかったわけじゃなく,書いた文章をまとめるような時間がなかったし,それをやってくれる出版社も編集者もいなかった……というのが正直なところだ.でもそれだけが,理由ではなく,書かれた文章のほとんどは,音楽を作るプロセスに関わるものばかりで,時間とともに,音楽の変化にともない,言葉はどんどん変質してしまい,単独で本になるようなものではないのではないか……と,本人が思っていたことが一番の理由だった.そんな本人の思惑を超えて,一冊の本として読めるものにしてくれたのは,なによりも編集にかかわった方々の功績だ.こうして通して読んでみると,われながら捨てたもんじゃない.ここに収められた文章,あるいは発言の数々は,わたし自身が,特にこの数年,経験してきた無数の音楽の現場での体験をもとにした思考の軌跡になっている.難しい言葉や,込み入った机上の思考ではなく,現場たたき上げ音楽家の偽らざる実感,試行錯誤の跡を,なるべく自分の言葉にして書いた,汗の染み付いた文章だ.それは多くの現場を経験し,多くの人たちとコラボレーションするなかで見つけてきた,経験してきた思考錯誤の宝庫にもなっている. 理論書や哲学書のような緻密さはないかもしれないが,そのかわりここには音のこと,ノイズのこと,音楽のこと,映画のこと,うたのこと,空間のこと,そして日常を生きるということへの問いが満載されている.わたしが書きたかったのは,その答えを探すことではなく,問いの中から見つけることの出来るある豊かさのようなもの……そんな風にも思っている.まあ,だまされたと思って,ちょっと風変わりな音楽の現場をわたりあるいてきた特殊音楽家の試行錯誤につきあってみてください.きっと,あなたの日常にもリンクする問いかけが見つけられる……そんなふうに思います. |