私事――死んだつもりで生きている

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私事――死んだつもりで生きている
 中村雀右衛門
  四六判・上製カバー・226頁


著者からのメッセージ

 埒もない繰言,私事ばかりを連ねたような気がいたします.
 自分の恥ずかしいことばかりを書き連ね,果たしてお役に立つことがあるのか.そんな心配もしております.
 あまりに長い生涯も,語ってしまえば,これだけのことにすぎないようです.語っていくなかで,暗いお話,辛いお話を多くしたように思いますが,いつも暗く辛いことばかりあったわけではありません.楽しいこと,嬉しいこともいくつもございましたが,それは自分の心のなかにしまっておけばいいことなのでしょう.
……
 女形として,遅いスタートでした.その遅れが,いつも身体や心の隅に残っており,わたしをあるときは焦らせ,あるときは絶望の淵に立たせもしました.
 投げ出したいと不埒なことを考えたこともありますが,そのたびに,自分の芸に我慢を重ねてやってきました.
 戦前,戦後の女形修業,映画界,大阪歌舞伎――人さまから見れば波乱万丈の生涯,なんと紆余曲折の多い人生だと思われるかもしれませんが,わたしはいつも歌舞伎のことだけを考え,歌舞伎だけを見てきたように思います.それでもままならないことが,人生にはあるものだと痛感いたします.
 長年,明日の舞台こそ満足できるものをお見せしたい,お見せしようと,それだけを考え精進してまいりました.
 上達は遅々として進みませんが,長いあいだには,少しずつ実をつけていたのかもしれません.それでもこの道は,まだまだつづくと思っております.

(「あとがき」より)


著者略歴

四代目 中村雀右衛門(よんだいめ なかむらじゃくえもん)
女形歌舞伎役者.大正9(1920)年,東京生まれ.父は6代目大谷友右衛門.昭和2年,市村座で大谷廣太郎を名乗り初舞台.昭和15年出征.6年間の軍隊生活を経て復員.昭和22年,女形として再スタート.昭和23年,7代目大谷友右衛門襲名.昭和25年,映画デビュー.昭和39年,中村雀右衛門襲名.平成3年,重要無形文化財(人間国宝)に指定される.平成16年,文化勲章受章.


目次

  まえがき

第1章 女形というお仕事
  遅すぎたスタート――ハンディがあったから頑張れた
  「60歳にならないとものにならない!」――芸にも人生にも到達点はない
  芸への絶望――燦然と輝く歌右衛門
  自分を消したいと自殺を考える
  色気は技術,好きは心――後悔している女房とのこと
  友右衛門,芝雀――家族のことなど
  歌舞伎役者の母と妻――ふたりの女性との別れ

第2章 歌舞伎役者と戦争
  運の良し悪しも,大きな目でみるとわからない
  嫌なことでも,思い出せるのは生きているからこそ
  生と死は紙一重――蚊帳のなかで惨殺された一隊
  戦争のなかの歌舞伎――だれにもある変身願望
  デング熱とマラリア――ただ空を見ていた

第3章 戦後,混乱期のなかで
  家屋敷を売り払う――マイナスからの出発
  厳しいGHQの規制――手錠をかけられ連行
  風呂屋での歌舞伎――小道具がなかなか届かない
  女性に間違われて男に襲われたことも

第4章 歌舞伎界追放の危機
  映画の世界へ――百倍のギャラなのに「火の車」
  「六世歌右衛門襲名披露」――出演できなかった辛さと和解
  大阪に「左遷」――苦しいときは「時を待つ」
  雀右衛門襲名――鏡は真実を映さない

第5章 豊かで幸せだった子供時代
  全身で吸った大正ロマンの香り
  7歳で初舞台――おしっこを漏らす

終章 そしてまた,限りのない芸の道へ
  年齢の壁を克服――未熟だから,いつまでも若い
  今日できないことは,明日必ずできるようにする

  あとがき



子供のころ,父大谷友右衛門と

妻と

親子で襲名.雀右衛門(中),友右衛門(右),芝雀(左)




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