思想としての「医学概論」

いま「いのち」とどう向き合うか

「いのち」の危機の時代に,医学・医療のあり方を根源的に問い直し,新しい「医学概論」を構想する講義録.

思想としての「医学概論」
著者 高草木 光一
ジャンル 書籍 > 単行本 > 社会
刊行日 2013/02/22
ISBN 9784000258784
Cコード 0036
体裁 A5 ・ 上製 ・ カバー ・ 414頁
定価 4,400円
在庫 在庫あり
先端医療技術の進歩は生命倫理上の難問を社会に突きつけ,高齢化の進む中で国民皆保険制度は崩壊に向かい地域医療は行き詰まっている.この「いのち」の危機の時代に,医学・医療とは何だったのかを根源的に問い直し,現代社会の要請に応える新しい「医学概論」を構想すべく,佐藤純一・山口研一郎・最首悟・編者の4人が,それぞれの立場と知見から医学・医療をめぐる問題群について縦横に論じる.

■編者からのメッセージ

 医学・医療の進歩は,一定の者を確実に救い,そして必ず副作用をもつ.その技術が革新的であればあるほど,それはこれまでの人間関係,社会関係に,あるいは生命観,人生観に打撃を加える.だから,「どこまで進歩させてよいのか」という戸惑いは,多少とも社会性をもった研究者であれば誰もが共有しているはずである.そして,その答えは,技術を扱う専門家の側で出すことはできない.われわれが皆で決めるほかはない.
 福島原発事故によって,原子力を人間の手でコントロールすることの不可能は明らかになったと言えるだろう.このままなし崩し的に原発を稼働させつづけることは,人類の滅亡につながりかねない危険性さえ孕んでいる.おそらく人類史上,獲得し,享受してきた技術に封印をすることはいまだかつてなかったことだろうが,いま原子力を棄て去ることは現実的な選択肢として目の前に置かれている.それと同じように,医学・医療の進歩にも歯止めをかけなければならないときが迫っているように思われる.どこかで歯止めをかけなければ,とてつもなく歪(いびつ)な格差社会,管理社会を招来してしまうかもしれないし,それどころか人類は生き延びる術を失ってしまうかもしれない.「いのち」への希望が喧伝されるいまこそ,「いのち」の危機を痛切に感じざるをえない.
 このような「いのち」の危機の時代,そもそも医学・医療とは何だったのかを改めて問うてみたい.死を免れえない脆弱な個別の「いのち」を暫時的に救うことにどのような意味があるのか.そこにどんな問題群が存在しているのか.それを,歴史的にも,理論的にも,総合的に捉えてみたい.そんな素朴な願いから本書は生まれた.逆に言えば,医学書の類をいくら繙いても答えは見つからず,手探りでつくりあげるほかなかったのである.
 (中略)しかし,ここに恰好の先例がある.澤瀉久敬(おもだかひさゆき)『医学概論』全三巻(1945-59年)である.澤瀉は,医師ではなく,フランス哲学研究者である.その彼が,大阪帝国大学医学部において,日本で最初と言われる「医学概論」講義を始めた.それをまとめたものが『医学概論』全三巻である.「科学について」,「生命について」,「医学について」の三部からなり,フランス哲学のベースの上に,独自の壮大な体系が築かれている.澤瀉が医師でなかったからこそなしえた大胆な試みであったと考えている.
 (中略)「いのち」や医学・医療に無縁でいる人はいない.誰もが「いのち」や医学・医療に真摯な思いをもっている.そうした思いがぶつかり合うところに,私たちの思想としての「医学概論」が立ち上がる,と考えている.
(本書「はしがき」より)
はしがき(高草木光一)

澤瀉久敬『医学概論』と3・11後の思想的課題
高草木光一
Ⅰ 澤瀉久敬『医学概論』から3・11後の『医学概論』へ
Ⅱ 3・11後の世界と「近代」的思考の陥穽
Ⅲ 澤瀉久敬『医学概論』における近代の超克
Ⅳ 近代の超克の光と影――優生思想との訣別

近代医学・近代医療とは何か
佐藤純一
Ⅰ 「医学概論」小史――澤瀉久敬と中川米造まで
Ⅱ 人はなぜ,どのように治るのか
Ⅲ 近代医学・医療の特徴
Ⅳ 近代医学の特質

医療現場の諸問題と日本社会の行方
山口研一郎
Ⅰ 先端医療がもたらす未来
Ⅱ 医療現場,戦時医学,医学概論――私の履歴書
Ⅲ 国民皆保険制の崩壊過程
Ⅳ 地域医療と高齢者問題――早川一光を中心に

「いのち」から医学・医療を考える
最首 悟
Ⅰ 科学・医学・生物学・「いのち」学
Ⅱ 医学は「いのち」を救えるか
Ⅲ いのちはいのち

シンポジウム「医学概論」の射程――1960年代から3・11後へ
最首 悟,佐藤純一,山口研一郎,高草木光一
Ⅰ 東大闘争における最首悟と高橋晄正
Ⅱ インフォームド・コンセントのパラドックス
Ⅲ 近代医学・近代医療へのまなざし
Ⅳ 「医原病」について考える
Ⅴ 放射能被害をめぐるアンビヴァレンス
Ⅵ いま何をなすべきか

あとがき(高草木光一)
人名索引
高草木 光一(たかくさぎ・こういち)
1956年群馬県生まれ.慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学.現在,慶應義塾大学経済学部教授.社会思想史専攻.
《著作》『社会主義と経済学』(共著,日本経済評論社,2005年),『「いのち」から現代世界を考える』(編著,岩波書店,2009年),『一九六〇年代 未来へつづく思想』(編著,岩波書店,2011年),『「いのちの思想」を掘り起こす―生命倫理の再生に向けて』(共著,岩波書店,2011年)など.
佐藤 純一(さとう・じゅんいち)
1948年福島県生まれ.東北大学医学部卒業.大阪大学大学院医学研究科博士課程単位取得退学.元高知大学医学部教授.医療思想史,医療社会学,医療人類学専攻.
《著作》『医療神話の社会学』(共著,世界思想社,1998年),『文化現象としての癒し』(編著,メディカ出版,2000年),『先端医療の社会学』(共編著,世界思想社,2010年),『「いのちの思想」を掘り起こす―生命倫理の再生に向けて』(共著,岩波書店,2011年)など.
山口 研一郎(やまぐち・けんいちろう)
1949年長崎県生まれ.長崎大学医学部卒業.医師(脳神経外科,神経内科,「高次脳機能障害」に対する認知リハビリに取り組む).「現代医療を考える会」代表.
《著作》『操られる生と死』(小学館,1998年),『脳受難の時代』(御茶の水書房,2004年),『生命―人体リサイクル時代を迎えて』(編著,緑風出版,2010年)など.
最首 悟(さいしゅ・さとる)
1936年福島県生まれ.東京大学大学院理学系研究科動物学専攻博士課程中退.東京大学教養学部生物学教室助手,第2次不知火海総合学術調査団団長等を務める.和光大学名誉教授.環境哲学者.
《著作》『生あるものは皆この海に染まり』(新曜社,1984年),『星子が居る』(世織書房,1998年),『「痞」という病いからの』(どうぶつ社,2010年)など.

書評情報

地球人 18号(2013年10月)
図書新聞 2013年7月20日号
信濃毎日新聞(朝刊) 2013年6月16日
週刊読書人 2013年5月17日号
大阪保険医雑誌 2013年5月号
東京新聞(夕刊) 2013年4月23日
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