岩波茂雄 リベラル・ナショナリストの肖像

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岩波茂雄 リベラル・ナショナリストの肖像


■ 編集者メッセージ――浮かび上がる新たな岩波茂雄像

 われわれ社員にとって岩波茂雄とは,岩波書店の創業者であり,近代日本の出版業界の創建者である.入社したその日に社員に手渡されるのは,安倍能成『岩波茂雄伝』(2012年新装版刊行)と社史『岩波書店八十年』だ.毎年年頭の全社員を前にしての社長挨拶では,必ずと言っていいほど『茂雄伝』からの挿話が語られる.私は編集活動で壁にぶち当たった時などはいつも,『茂雄遺文抄』(品切中)にある,「「吉田松陰全集」を出す心持ちとマルクスの資本論を出すことゝに於ては一貫せる操守のもとに出づる事に御座候」という言葉に自らを鼓舞してきた.
 『茂雄伝』が茂雄の「正史」だとすれば,社員で会長を務めた小林勇が書いた『惜櫟荘主人――一つの岩波茂雄伝』は「私史」となろう.となると気鋭の政治学者の手になる本書は「評伝」ということになろうか.茂雄にとって「一番無遠慮な友人」とされた安倍とは100歳近くも歳を隔てた中島岳志さんが,茂雄の自筆原稿,100名を越す知己による回想文,往復書簡,社内文書など,1957年に安倍が茂雄伝を執筆した当時とほぼ同じ膨大な原資料を読みこんで同一人物の評伝を書くと言う,かなり過酷な課題にチャレンジしてくださった.
 お原稿を拝読すると,むろん取り上げる事績や評価において安倍のものと重複する部分はあるが,目の付けどころや強調ポイントがかなり違っている.中島さんが抱えた問題意識とは,西郷隆盛と吉田松陰を敬愛する愛国青年が,なぜ『資本論』の邦訳を公刊し,三木清らに強い信頼を置いたのか.「日華親善」に努めながら,両国が敵対する現実に苦しみ,日中戦争から大東亜戦争への展開になぜアンビバレントな思いを抱えたのか,である.このナショナリストにしてリベラリスト,リベラリストにしてアジア主義者というある明治人による広角度の出版活動を,分裂ではなく統合の位相で捉えようというのである.
 われわれ社員にとっての茂雄像は,もしかしたら戦後の左右対立的な思考回路によって,戦後の自社の出版活動から類推して,都合良く切り取られた茂雄像だったのかもしれない.
馬場公彦

茂雄は店主室に五カ条の御誓文を掲げていた.1939年12月.
左上の写真はケーベル,左下はロダンの彫刻


■ 著者略歴

中島岳志(なかじま たけし)
1975年大阪生まれ.京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了,北海道大学大学院法学研究科准教授.政治学専攻.『中村屋のボース』(白水社,2005年)で大佛次郎論壇賞・アジア太平洋賞大賞受賞,『パール判事』(白水社,2007年),『秋葉原事件』(朝日新聞出版,2011年)など.


■ 目次

はじめに

第一章 煩悶と愛国(1881-1913)
誕生/西郷隆盛と吉田松陰/徳富蘇峰『吉田松陰』/父の死/伊勢神宮から鹿児島へ/自由への渇望,杉浦重剛への敬愛/請願書/上京,そして日本中学へ/第一高等学校入学/煩悶と求道学舎/内村鑑三の「日曜講義」/個人主義的傾向/藤村操の自殺/失恋と厭世/野尻湖での生活/学生から教員へ

第二章 岩波書店創業(1913-1930)
古書店開業/夏目漱石『こゝろ』の出版/『アララギ』/哲学ブームと「哲学叢書」/倉田百三の登場/西田幾多郎,田辺元,和辻哲郎/大正デモクラシーとの呼応/関東大震災/三木清への期待/「岩波文庫」創刊/芥川龍之介の死と全集/河上肇と『資本論』/『聯盟版マルクス・エンゲルス全集』刊行の失敗,河上肇との決別/店内の動揺/政治への関心

第三章 リベラル・ナショナリズムとアジア主義(1930-1939)
時局への危機感/講座派の形成と発禁処分/長野県教員赤化事件と時代への反逆/滝川事件/田辺元の怒り/『吉田松陰全集』/筧克彦『神ながらの道』/美濃部達吉の天皇機関説/欧米旅行/反ファシズムの戦い/日中戦争への批判と苦境/矢内原忠雄の辞職/連続する出版統制/「岩波新書」とアジア主義

第四章 戦い(1939-1946)
津田左右吉『支那思想と日本』/津田事件/裁判/時局との格闘/頭山満への敬意/「大東亜戦争」の勃発/創業30年/貴族院議員に/小林勇の拘置/敗戦/『世界』創刊/死の時

おわりに
あとがき
岩波茂雄年譜

引用文献
書名・雑誌名索引
人名索引




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