教養としての冤罪論

市民は誤判を避けることができるのか? 元裁判官が市民感覚で冤罪の本質をとらえる新たな方法論を提示する.

教養としての冤罪論
著者 森 炎
ジャンル 書籍 > 単行本 > 法律
刊行日 2014/01/23
ISBN 9784000259415
Cコード 0032
体裁 四六 ・ 並製 ・ 264頁
定価 2,860円
在庫 在庫僅少
裁判員制度の導入によって市民が刑事裁判をする世の中になった.いかにしたら市民は誤判を避けることができるのか? 元裁判官が冤罪を日常的感覚で認識することができる新たな方法論を示す.戦後の冤罪事件を通覧し,その特徴と発生メカニズムをイメージとしてわかりやすく提示し,一般的な冤罪性を捕捉する.


■著者からのメッセージ
 裁判員制度の導入によって市民が刑事裁判をする世の中になった.
 刑事裁判で第一次的にテーマとなるのは,言うまでもなく,有罪か無罪かを見極めることである.裁かれる側の刑事被告人は,犯罪者か,さもなくば,濡れ衣を着せられた無辜の市民である.法廷で対峙している者は,実は,裁く立場の市民と何時入れ替わるとも知れない,まったく同じ側の人間かもしれない.
 つまり,裁判員制度では,市民の自由と権利を同じ市民が守るという側面が最も重要になる.市民参加,司法の民主化の理念の求めるところは,ただ市民が犯罪者に刑罰を下すことではなく,より以上に,同じ市民の自由と権利を守り抜くことにある.市民自身が「無罪の正義」を守り抜かなければならない.……
 冤罪は,言うまでもなく絶対的不正義である.
 この冤罪現象を裁く側から見れば,自らが絶対的不正義を生み出すことを意味する.市民が裁判で間違った場合は,この世の中に絶対的不正義―「絶対悪」―を生み出したことになってしまう.裁判員制度により,市民は烈日の責任をも負うことになった.絶対悪の謗そしりを受けないためにも,市民は,何としても「無罪の正義」を守り通さなければならないわけである.
 それでは,そのためには,どのような方法があるか.
 裁判員は,市民感覚だけで判断すればよい.これは,市民による裁判の絶対条件になる(はずである).では,市民感覚だけで,どうやって誤判を回避し,冤罪を出さないようにできるか.その方法論を開示するのが本書である.
 本書は,冤罪の諸特徴と冤罪発生の種々のメカニズムをイメージで提示しようとする.
 一般的なイメージとして,それらがあれば,実際の事件に向かい合った時に,そこにどのような冤罪性が含まれているか,およそわかるのではないか.裁判中の動態として,「冤罪性」を感じ取ることができるだろう.
――本書「まえがき」より
まえがき

序章 市民が有罪・無罪を決めるただ一つの方法
「市民裁判」の成立条件/刑事裁判はすべて冤罪である/裁判は真実発見の場ではない/市民裁判は社会の裁きの場/裁判の社会的分業論/冤罪性モデルの事件群

第一章 刑事裁判における証明とは何か
裁判の超不完全性定理/犯罪の証明成立・不成立/犯罪の構成図/証拠の配置図/どのような証拠が何を立証するか/白骨死体,死体なき殺人事件/自白のポジション/自白の切り分け/状況証拠の歴史/「合理的な疑いを容れない証明」の欺瞞性/証明論的構造とは何か

第二章 冤罪ライン(1)――犯人と第一発見者はどうやって区別するか
科学捜査が無効となる領域/現場から立ち去ってしまった第一発見者/捜査の目の視野狭窄/第一発見者でも死刑か/金銭目的のある第一発見者/あまりに微妙な死刑と無罪の分岐点/市民的冤罪性とは何か/「出来心」の証明論的構造/第一発見者冤罪性の諸相/逃げる第一発見者/その証明論的ちがい/「原始的な,あまりに原始的な」第一発見者/「野獣性」の証明論的構造/悲しき「山の民」の末裔

第三章 冤罪ライン(2)――被害者家族が犯人とされる悲劇はなぜ起きる
外部犯行と内部犯行/内部犯行説に含まれる冤罪性/危険な「転向」捜査/同居人証言の証明論的意味/日常に潜む冤罪性/事実それ自体の不思議/丸正事件と一本の手拭い/正木ひろし&鈴木忠五の冤罪騒動/人権派弁護士が被害者遺族を犯人視した理由とは/内部犯行説のもう一つの落とし穴/隠蔽される事故死冤罪性/証明論で見た「事故死」/事故死冤罪性の諸相/いかなる冤罪性のもとに

第四章 市民裁判の真実性の確保のために――冤罪の認識論と存在論
哲学上の認識論を訪ねて/裁判上の認識論の特異性/奇妙な「冤罪批判」の論理と心理/カント批判哲学から見た冤罪論/冤罪認識のための新たな試み/冤罪論の頽落/犯罪認識論の全体的枠組み/証明の名で語られるもの/多義的な「証明」の概念/市民裁判的証明の意義

第五章 冤罪ライン(3)――毒殺のアポリア
冤罪率高い毒殺事件/アッと驚く冤罪性/毒殺事件の証明論的特徴/「状況証拠の積み重ね」とは/帝銀事件の謎/毒物所持の証明/死刑判決を下した最高裁判事『わが心の旅路』/和歌山・毒入りカレー事件の立証特性とは/ありふれた毒物による死亡だったら/求められる「証拠の双方向性」/木嶋裁判と和歌山カレー事件の決定的ちがい

第六章 冤罪ライン(4)――DNA鑑定は信頼できるか
画期的だったDNA犯罪捜査法/DNA鑑定の原理/足利事件「誤鑑定の謎」/デタラメ続きだった日本の初期DNA鑑定/闇に葬られたもう一つの足利事件/DNA鑑定の高度専門性と裁判員/DNA証拠限界/市民の判断でDNA証拠が否定されるとき/飛翔する市民裁判

第七章 冤罪を招く捜査の特徴とは何か――冤罪の権力論
権力批判の必要と弊害/冤罪の認識論と権力論の関係/捜査の諸相/別件逮捕とは何か/冤罪は別件逮捕から始まる/はじまりの始まりは見込み捜査/冤罪を生む捜査の第一構造とは/市民にとって別件逮捕はなぜ問題か/冤罪の第二構造とは/経験と勘による見込み捜査はなぜいけないか/警察捜査と検察捜査の違い/検察の特捜事件

第八章 冤罪ライン(5)――自白したから犯人と言えるか
黙秘権と自白の関係/すべての自白は強要である/重大事件の被疑者は何日で自白するか/「自白は証拠の王」とはいかなる意味か/自白がなければ物的証拠も意味をなさない?/自白の中の「秘密の暴露」とは何か/秘密の暴露の強弱/秘密の暴露と冤罪性減少の諸相/見せかけの秘密の暴露/虚偽自白とは何か/虚偽自白の混迷/真偽不明は自白の宿命/自白の自家撞着/市民裁判的自白論

第九章 冤罪ライン(6)――犯人の知人・友人が共犯者とされるとき
八海事件と『真昼の暗黒』/梅田事件と『模倣犯』/全部冤罪と余剰冤罪/共犯者は最大の目撃者/共犯供述の陥穽/古典的共犯冤罪性/「男の責任」共犯冤罪性とは/現代的共犯冤罪性の真の所在/「共謀共同正犯」の帰結/暴力団組長の「不都合な」冤罪性/裁判官の嘆きの壁/共犯冤罪の社会学

第十章 冤罪ライン(7)――第三者の証言の虚実をどう見抜くか
証人と証言の種類/驚くべき「見間違い率」/汚染された証人/死体なき『無尽蔵』殺人事件の奇妙な証人/既知証人とは何か/目撃証言をめぐる地殻変動/「卒倒するほど」似ていたはずが……/実験心理学の知見/取り調べ過程の全面的可視化

終章 市民の最終決断はいかになされるか――冤罪の正義論
冤罪の認識論から正義論へ/裁く者の倫理的実存とは何か/裁判の権力性の脱構築/ある裁判官の「罪と罰」/死刑冤罪の正義論/死刑冤罪を容認する論理/悪魔的な論理をいかに破るか/根拠なき裁判の確信「真実は一つ」/求められる裁判のパラダイム変更/裁判の現代的転回/連動する事実認定論と量刑論/近未来の裁判論

あとがき
森 炎(もり ほのお)
1959年生まれ.東京大学法学部卒業.東京地裁,大阪地裁などの裁判官を経て,現在,弁護士(東京弁護士会所属).裁判官時代には,官民交流で,最高裁から民間企業に派遣され,1年間,三井住友海上火災保険(株)に出向勤務した.
著書に,『司法権力の内幕』(ちくま新書),『司法殺人』『昭和に火をつけた男 青島幸男とその時代』(以上,講談社),『死刑と正義』(講談社現代新書),『量刑相場』『なぜ日本人は世界の中で死刑を是とするのか』(以上,幻冬舎新書),『裁く技術』(小学館101新書),『裁判員のためのかみくだき刑法』(学研新書)など.

書評情報

朝日新聞(朝刊) 2014年3月30日
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